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君の声が聴きたい
4

事件は、5限の前に起こった。

蒼次のクラス、1年B組の授業は体育で、生徒は着替えるために更衣室へ向かおうとしていた。

昼食を終えた蒼次も、そろそろ席を立とうと机に手を突く。

そこに、怯えた様子でクラス委員長がやってきた。

「あ、あの、櫻木くん…」

無言で視線を向けると、委員長はびくうと分かりやすく跳ね上がる。

固まってしまった委員長を見下ろし、蒼次は思いっきり眉根を寄せた。

「んだよ」

委員長は遠巻きに見守るクラスメートに応援されながら、力を振り絞って早口で用件を伝える。

「あの!数学の宿題、出してないの櫻木くんだけなんですけど、でもないならそう伝えておきますので…」

最後の方は尻すぼみして聞こえなかった。

しかし了解した蒼次は、黙って机の中に手を突っ込んだ。

宿題なら、昨日のうちにやって机に入れておいたはずだ。

クラスメートが固唾を呑んで見守る中、蒼次は掴んだ物をそのまま渡す。

「ん」

委員長は半泣きの様子で、差し出された物に飛びついた。

「うわあ、ありがとうございま……」

席を離れようとした蒼次は、言葉を止めた委員長を何気なく振り返る。

委員長は、宿題を受け取った姿勢のまま停止していた。

その尋常ではない様子に、蒼次は首を傾げる。

そして、委員長が凝視している手元を見て、一気に青ざめた。


「……あの、これって………会長の、ファンブック…?」


蒼次は素早く本を奪い取り、自分の背に隠す。

しかし、時は既に遅かった。

「え、ファンブックってあの、新聞部が作った?」「確かあれ、発行後暫くしてから争奪戦になった幻の本じゃ?」「限定20部だったよな」「え?それを持ってるってことはもしかしなくとも…」

ざわめくクラスメート達が、蒼次を見つめて異口同音に唱える。


「「会長の大ファン……?」」


「ち……っ」

蒼次は取り乱しかけたが、慌てて口を噤んだ。

しかし頭の中はパニックで、視界がぐるぐると回り始める。

「う……」

引くどころかどんどん盛り上がっていくクラスメート達の会話に、蒼次は全身の汗が噴き出した。

言い訳をしようとしたが、これでは火に油だ。

手の施しようがない事態に、蒼次の脳内はパンク寸前だった。

紅太郎のような才能は蒼次にはなく、対処方法が思いつかない。

紅太郎のことを抜けているといいながら、うっかり度では蒼次も引けを取らなかった。

どうしてこんなところばかり似るんだと自己嫌悪に陥っていると、委員長が気の毒げに声をかけてきた。

「あの、櫻木くん…大丈夫?」

その言葉が引き金となり、蒼次は前触れもなく教室の窓に駆け寄る。

「うあああああああ!」

そして叫びながら、蒼次は開け放った窓から幻のファンブックを勢いよく投げ捨てた。

「あ!」

クラスメートがその行方に呆気にとられている間に、蒼次は教室から飛び出していく。

その後、蒼次は教室に姿を現さなかった。


その一部始終を見ていた新聞部部員の仕事は速かった。

放課後には号外がバラまかれ、学園中が知る事態となったのだった。

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