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恐ろしく陽の光が白い午後だった。
乱れた呼吸を整えて起き上がった美奈の背中を、雨戸の隙間から差し込む光がぼんやりと浮き上がらせていた。
既に気が済んだらしい大柄な男は足を延ばし悠々と座っていて、これでまさか四十八とは到底思えない容色を保っていた。体力も最早尋常ではない位で、下手をすると働き盛りの若者よりもある。
男は睦言の中で自らを目無しと名乗った。盗賊の目無しといえばそれなりに名の通ったお尋ね者だ。そんな男は何をしにこの街に来たのかというと、略奪ではなく、何と人を探しに来たのだと言う。それも幼馴染みを。一つ所に留まれない身分だろうに、している事は酷く悠長だ。
「はぁっ…悦かったよ。それで、何で盗賊の首領が幼なじみを探してんだい?」
要領よく且つ手早く衣服を身に着けて、美奈が水を汲んでこようと立ち上がる。だが目無しはそれを手で制して立ち上がり、土間に向かう「湯呑みは」と聞いてきたので「何でも」と答えると、瓶から水を湯呑みに注いできたのを美奈に差し出した。気の利く男だと感心していると、楽しそうな声が降ってきた。
「そうだな、そいつに惚れてるからだろうな」
余りにあっさりと言ってしまう男に面食らってしまって、美奈が聞き返す。
「…それなのに、あたしとこんな事してていいのかい?」
「ああ。多分気にもしないな。否、気にされたら嬉しいは嬉しいがな、そういう相手じゃあない」
目無しが片恋をしているというのが意外だった。何故なら目無しは盗賊である、罪人であるという点を差し引いても充分な男前と言えたし、体格や性格や精力は誰にも負けないものでもある。気遣いが出来るのも良い。もしも気のない女が相手だったとしても目無しが本気で口説けば絆されない筈がない。一体その贅沢者の幼馴染みとはどのような人間なのか。
「会わなくなって、随分経ってから気付いた。俺はあれに惚れていた。気付いてから、何時かまた会おうと思っていた。それで、今回噂を掴んだからここにやって来た」
「噂?」
目無しは酷く楽しそうに笑った。少し含みのある、実に不敵な笑みだった。
「気狂いのヌイって、知ってるか?」




そろそろ日暮れという時間になって、橙にとろけ始めた太陽の下、エムシは仕留めたアヤカシの数と目方をしっかりと頭に書き留めていた。
「総数三十三。小物が多いな…」
一方では既に退屈になってしまったのか、ヌイはふらふらと例の、頭を揺らすような不安定な歩き方で醜い肉と血溜まりの点々とした道を歩いている。慣れない下駄で大丈夫かとも思ったが、そのような事は全く問題にすらならなかったらしい。何時もと変わらぬとばかりに巨大なアヤカシの上を跳ね、首を狩っていた。
然しながら矢張り足の感覚が違うのか、どういう勝手なのかを確かめるかのように小走りに駆けたり事切れたアヤカシの死骸の上を渡ったりしている。散々大立ち回りを繰り広げておいて今更という気がしなくもなかったが、本人がやりたいようにさせておけば良いだろう。
「……」
「あ」
そう思って放っておいたら、ヌイさんが飛び込んだ血溜まりは茶色く濁っていた。毒を使って殺したアヤカシが流した血だ。他とは微妙に色味が違う。
「ヌイさん、これ毒なんだ。落としに行こう」
足に散った悪臭に顔をしかめたヌイの手を引いて、近くの井戸まで連れてゆく。人間に有効な毒とは聞いていないが、あのアヤカシを殺す毒だ。決して良いものではないだろう。
ヌイを井戸の縁に座らせて、着物の裾を捲り下駄を脱がせる。苔色に金が混じった芥子色の群雲。細い足は相変わらず骨が浮いていて白い。水を掛けて足を洗ってやると、ある事に気付いた。
「…あれ?」
左足首、甲の側にある汚れが中々落ちないなと思っていたら、よくよく見てみると肌の色が違うようだ。本当に注意しないと判らないが、うっすらと茶色くなっている。
「ヌイさん、これ、痣?」
「……」
返事をしない代わりに、エムシが合わせた視線を逸らさない。肯定なのだろう。知らなかった。こんな所に痣があった何て。もしヌイさんが狩人にも拘わらず全く日焼けしない体質でなければ気付かなかっただろう。それ位薄い痣だ。




「俺は昔、奴の肉を食い千切ったんだ」




当事者の片割れ、本人の預かり知らぬ所で、長い長い話が始まろうとしていた。






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