70 不変の掟 その日、政務を終えたフィデルが庭を遊歩していると、誰かの話し声が聞こえてきた。 「……この声は…?」 声のする方へ歩み寄る。するとそこには、侍女らしき娘と見つめ合って何やら言葉を交わすグリューネの姿があった。 足音に気づき、振り返るグリューネ。侍女はその後ろに、ぴゃっと身を隠した。 「…ああ。フィデル殿、こんにちは」 「あ…ええ、こんにちは」 「散歩ですか?」 「はい……すみません、お邪魔をして」 フィデルの言葉に顔を見合わせたグリューネと侍女は、くす、と可笑しそうに照れ笑いを浮かべた。 「いえ…少し、世間話をしていただけですから」 「そう、ですか……」 「ブルーメ。彼がフィデル殿です…以前に話したでしょう」 「はい」 ブルーメと呼ばれた侍女は、短く返事をするとグリューネの後ろから恐る恐る姿を見せた。 「こちらはブルーメ…私の、昔からの…使用人です」 「……使用人…?」 「ええと、…言っていませんでしたか。私は、貴族の出なのです」 「…そうでしたか。……そういえば、カルテでは貴族以外の出も珍しくないとか…」 「ええ。…パルフェでは、貴族の高官が殆どなのでしたっけ」 「そうですね。私は市民の出ですが」 「あの、グリューネ様」 ブルーメが袖を引くと、グリューネは困ったように彼女へと笑いかけた。 「ああ、分かっているよ。…フィデル殿、すみません…彼女を部屋まで送らなければ」 「え?……あ」 ふと二人の足元へ目を向けたフィデルは、ブルーメの「右足」を見て小さく声を上げた。 長いスカートの下、僅かに見えるのは木で出来た義足。 「……では、失礼」 会釈をしたグリューネが、ブルーメの手を取り城へ入っていく。その背中を見ながら、フィデルは冷たくなり始めた風に一つ身を震わせた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |