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のんびりした性格も相まってか、あまり物事に恐怖を覚えたことは無い。
ズィルバーは、昨日までのそんな思い込みとの落差にひどく動揺していた。
「……いったい、どこが問題だと言うのか」
ファルベが書いたという資料は、常から自分の作っているものに比べても遜色などなかった。寧ろ、経験年数や齢を考えれば上出来過ぎる。
恐らく、ゴルトが叱っていたのは多少見られた誤字のことか、あるいはただの“あてつけ”か。あれだけあっさり引いたところを見ると、後者であるような気がしていた。
「…………」
恐怖というのは、得てして理解の及ばないものに向かう。伝聞にある悪魔や死霊の類いも、あるいは蛮勇轟かす賊衆共の噂も、危険だとは思ったが恐ろしくはなかった。
ふう、と押し出すように息を吐いた。誰か他の家臣に手伝ってもらったのやもしれん、と思い直してみても、この城にこの仕事を出来る人間など、自分かゴルトくらいのものであった。
「……。恐怖と嫌悪を、すり替えてはいけない」
ささやかな誤字を伝えるそれだけのために、ズィルバーは震える手で紙束を結わえた。



「私の、望む道……?」
ヴォルフの言葉通り、書類の話を終えたズィルバーはファルベにそう問いかけた。
「ああ。……遅過ぎるということは、承知の上で聞きたい。君は、このまま城仕えを続けることを、本当に心の底から受け入れ続けられるのか……」
「それは。私に、選択しろということでしょうか」
ズィルバーの顔をじっと見つめたまま、落ち着いた声でそう問い返すファルベ。一つ頷くと、ズィルバーは思わず微かに顔を俯けた。
「君が望むなら、……何かしらの手立てを、考えてみたい」
「…………私には、選ぶことはできません」
え、と声を漏らし、ズィルバーが顔を上げた。強がっているようにも、諦めているようにも見えなかった。
「私がここにいるのは、私の意思ではありません。しかし、私がここからどう動くかということも、また私の意思ではありません。……敢えて、言葉にするなら。運命の意思というものでしょうか」





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