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「おはよう、グリューネ」
翌朝。目の下にぼんやりと隈を作ったズィルバーが、廊下で出くわしたグリューネに声をかける。一拍遅れて、グリューネが返答した。
「昨日はちゃんと眠れたかい」
「……いえ……」
「……私もだよ」
どちらともなく乾いた笑いが起こる。昨日から降っていた雨の音が、言葉の続かない空間を満たした。
「ズィルバーさん。……僕は、何にも出来ないんですね」
懺悔のように重い言葉に、ズィルバーはたまらず首を振った。
「いや、そんなことはない。グリューネ、これは……これは、あまりに難しいことだ。誰にも、どうすることもできないような。恐らくそれは、……」
突然ズィルバーが言葉を止め、俄かに顔色を変える。グリューネもまた振り返り、さっと色を失った。
「おはようございます」
昨日までと変わらぬ声で、少しばかり疲れた様子のファルベが頭を下げる。慌てて挨拶を返した、ズィルバーとグリューネの視線が合った。
「あぁ、ファルベ……ええと」
「ズィルバーさん。申し訳ないのですが、お時間を頂けますか」
「え?」
「頼まれていた写本です。先ほど完成したのですが、誤字等が無いかをご確認いただければと」
右手指に出来た胼胝も隠さず、手中の束を差し出すファルベ。思わずその顔をじっと見てから、我に返ったズィルバーが慌ててそれを受け取った。
「あ、ああ、……ご苦労だったね」
「ありがとうございます。次の原本は、いつ取りに伺えばよろしいでしょうか?」
「……これの確認が終わったら、こちらから声をかけよう」
「畏まりました。失礼します」
「ファルベ、」
言うが早いが踵を返すファルベを、ズィルバーが思わず呼び止める。
「何でしょうか」
「…………体を、壊さぬようにな」
「ええ。ありがとうございます」





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