19 城に戻り、今は政務に就いているケーニッヒの部屋を調える。先刻までとは違い、フィデルの表情には陰りが見え隠れした。 「フィデル。飲み物を持って来い」 「畏まりました」 執務卓からしたケーニッヒの声に、無感動にそう返す。寝台脇のテーブルに置かれた水瓶から、グラスに水を注ぎケーニッヒの元へ運んだ。 「どうぞ」 「ああ。…ん…?何の匂いだ…?」 「…何のことでしょうか?」 ケーニッヒがそう尋ねると、フィデルは驚きに目を見開いて尋ね返した。 「甘い匂いだ。お前からか?」 「……ああ、これは、ですね…」 「あの街に行っていたのか」 ケーニッヒの言葉に肯くフィデル。微かに眉を顰めると、ケーニッヒはグラスの水を一口含んだ。 「ここからは大分遠いはずだが、わざわざ出掛けているのか?」 「…パルフェの、民の為ならば」 フィデルはそう言うと、小さく唇を噛んだ。ケーニッヒの眉間の皺が、一段と深くなる。 「…ここはカルテだ。そして彼らもまた、我が国の民だ」 「…………承知、しております」 「今夜。夜伽を命ずる、またここに来い」 「え……っ、はい。畏まりました」 「フィデル」 ぐ、と腕を引かれ、蹌踉めいた拍子に唇を奪われる。舌を挿れて弄べば、フィデルは息苦しそうに顔を歪めた。 「……お前が仕えるべきものを、忘れるな」 刹那、フィデルの双眸に憎悪の色が宿る。それを認めると、ケーニッヒはテーブルの上のグラスをやおら手に取り、飲みさしの水をフィデルの顔に向かってかけた。 「…、っ!」 パシャ、と軽い音を立てて飛沫が床に跳ねる。それでも尚無言のまま立ち尽くすフィデルに、ケーニッヒは小さく歯噛みをした。 「体も心も、お前の全てを私に捧げろ。フィデル」 「…………」 「顔を洗って来い。床も拭いておくように」 「…………畏まりました」 返事の声には僅かに憤りが滲み、微かに肩を震わせたフィデルは部屋を後にした。 「………ああ、」 その背中がなくなると、独りの部屋でケーニッヒは静かに溜め息を吐いた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |