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「私も本人を問い質すまで知らなかった話です。フィデル殿に知る由がないのも、無理はない」
瞬きも忘れ、グリューネを瞠目するフィデル。苦笑いと共に溜め息を零すと、グリューネは薄青の空を見上げた。
「カルテの市民達は、苦労の末に勝利したあの戦いで得るはずの土地の一部を、見ず知らずの異邦人に奪われたと感じたらしいのです。しかし同時に、フィデル殿。あなたという良き役人が、遺民街に味方する以上…何も言い出せなかった」
鴎の泣く声が、穏やかな波間に響く。晴れやかな空の下、二人のいる場所だけが夜のようだった。
「ファルベ殿はいち早くそれを覚った上で、カルテの民と遺民街、それぞれに殺伐とした敵意があることを感じたのでしょう。ダンドリオンやネニュファール…遺民街に近い街の人々から良からぬ話を聞き、一触即発の民を鎮めようと案じた策がシエロの」
「何故それを…!私に、教えてくれなかったのですか!」
「あなたには、出来ないからです」
フィデルの動揺を理解しながらも、静かな声で諭すグリューネ。
「あなたには、小さな犠牲を払って大きな犠牲を防ぐことが出来ないからです。そう、ファルベ殿は言っていました。遺民街に山賊被害を負わせてカルテの民の不満を逸らし、賊とは“命を奪う行為はしない”と最低限の取り決めを交わす。一方で、第三者のコラソンにゆっくりでも確実な解決策を求める。その合理的で冷徹な発想が、あなたには出来ないからです。それに、」
力が抜けたように、膝を折って甲板に座り込むフィデル。握った拳は、憤りに微かに震えた。
「ケーニッヒ様があなたに望む姿はそんなものではないと。ケーニッヒ様の理想を守ることが、忠義なのだと」





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あきゅろす。
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