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それは小さなドア窓越しの

徹夜明けの充血した眼に、朝陽できらめく波がチカチカと眩しい。
伸びをして深く息を吸い込むと、明け方の冷たい潮風が肺や脳みその裏側まで染み入るように浸透して、カキ氷を早食いしたときみたいにキンと脳髄に刺激が走った。
冷たいのに心地いい、清々しい朝だ。
夜のお勤めご苦労だったねウソップ君、と自分で自分を労いながらゆっくりとマストを降り、ウソップはちょっと考えてキッチンへと向かった。
朝食の時間まで一時間ほどなら仮眠できそうだし、瞼も今にもくっつきそうだったけれど、そこは食べ盛りの男の子、今キッチンへ行けば朝食の準備に勤しんでいるだろうコックに味見をさせてもらえるかもしれないし、そうでなければ見張り番の労いに何か美味い飲み物でも淹れてもらえるかもしれぬという淡い期待の魅力は、眠気にも勝るほどに絶大だった。


そうだ、今日はオムライスなんていいんじゃねぇかな。ただしチキンは多目、グリーンピースは抜きでな。
あと、昨日の晩のビーフシチューが少しだけ残ってたような気がしたから、それも食いてぇかも。


女尊男卑も甚だしく、男には口も態度もとことん最悪なコックだけれど、料理の腕は確かどころか最高級で、特に奴の作るビーフシチューは濃厚で味わい深く、野菜も肉もトロッと舌の上でトロけて絶品なのだ。
思い出したら涎が口中にじわりと滲み出て、にへらっと頬が緩んだ。
口端を拭いながら鼻歌交じりにいそいそと階段を昇り、キッチンのドア窓をひょいと覗く。
準備の出来具合によってはリクエストを聞き入れてもらえるかもしれない、とテーブルに並べられた皿をチェックするつもりだったのだが、はたしてそこに広がっていた光景に、ウソップは思わず「あちゃー…」とぼやいて眼を覆いたくなってしまった。


テーブルに腰掛けた剣士のふわふわと柔らかそうな萌葱色の頭を撫でていた白い手がその頬へとすべり、包み込むように両の頬を挟んで、金髪のコックがそっと顔を寄せる。
餌を啄ばむ小鳥のように、額へ、瞼へ、頬へ、鼻先へと口付け、ねだるように薄く開かれた唇をわざとはぐらかしてこめかみへと口付ける。
意地が悪い、と焦れたようにテーブルについていた腕をコックの首に回した剣士を、コックは可愛くて仕方ないと言わんばかりにふにゃりと相好を崩して見つめ、キスを待つ唇を今度は過たずあやすように幾度も啄ばみ、次第に夢中になって食むように口付けを深くしながら、白い指先で耳朶や項をしきりと擽るように愛撫していた。
目尻を染め、項までも染めて感じ入るようにヒクンヒクンと背を震わせる剣士の痴態が艶っぽくも妙に生々しい。
唇が離れると、剣士は息をつきながらゆっくりと眼を開けた。
間近にコックを見上げる翡翠色の眼が、見ているこちらまでもドキリとするほど蕩けるように甘い。
首に回した腕はそのままに、今度は剣士の方から唇を寄せた。
柔らかく二度三度と啄ばんで白い鼻先を甘噛みし、顎のザラつく無精ひげを毛繕いでもするみたいにザリザリと舌で舐め上げる。
上目に見つめられて、コックの白い頬がこれでもかというほど真っ赤に染まった。
頬を包んでいた白い手が、すべるように腰元へと落ち、剣士のシャツの中に潜り込む。
潜り込んだ手がどんなイタズラを仕掛けているかなんて知りたくもないのだが、胸元辺りまで這い登ってきたそれが蠢く度、剣士が薄く唇を開いてビクッと身を跳ねさせるから、嫌でも想像がついてしまう辺りが何とも切ない。

………つーか、こんな清々しく晴れ渡った朝っぱらから何をやってんだあいつらは。

ハレンチな奴らめ、と呆れてやれやれと溜息をつきながらも、この場へ乗り込んで行く勇気も無ければ、濡れ場を邪魔して己の胃袋を握るコックの怒りと、その情の深さゆえに一度心を預けたら最後怖いくらいまっすぐに全身全霊で愛情を交わしたがる剣士から恨みを自ら買う勇気などあろうはずもなく。
結局、「どうせメイクするならラブじゃなくて飯にしてくれ」とか、「マジでもうすぐ胃袋ブラックホールの船長と顔だけ可愛くて性格悪魔な航海士が起きてくるから、そんときまでに朝飯の用意できてなかったらお前ら二人揃って血祭りにあげられるぞー」なんて忠告を胸の内で盛大に送りながら、ウソップは無粋な覗き見を止め、キッチンのドア前から忍び足でそっと離れて、ショボショボする眼を擦りながら男部屋へと降りた。




*****




『やっと納まるところへ納まったって感じね』

いつか、禁じえないように苦笑を浮べて二人を見つめながら航海士はそう言った。
お互いに意識しあっているのが、傍で見ていてもわかりやす過ぎるくらいよくわかるのに、天邪鬼どころかより性質悪く捻くれた言動ばかりぶつけてきたコックと、そんなコックの言動に振り回され、傷つきながら嫌うことも萎縮することも出来ずに、同じように憎まれ口を吐いて冴え冴えと心を凍りつかせてきた剣士。
もうずっと長いこと、暢気な船長以外のクルーは皆、どんどん荒み沈んでいく二人の空気が重くて痛ましくて堪らず、二人の問題だからと口こそ出さずも、二人が衝突しあう度に遣る瀬無い沈痛な溜息を噛み殺してきたのだった。
それが、何がきっかけだったのかは知らないが、ある夜を境に、二人の空気は見違えるように変わった。
お互いに、相手を愛しく思う気持ちを隠さなくなった。
コックは、今までの捻くれっぷりが嘘のように、マタタビをもらった猫みたいにふにゃふにゃと目尻を下げて剣士を甘やかしだし、剣士はそんなコックに世話を焼かれながら、満ち足りたように穏やかな表情を見せるようになった。
何度口にしてもまだ言い慣れないというように、気恥ずかしげに名前を呼び合う柔らかなその空気は、時にこそばゆさや脱力感を呼ぶけれど、傷つくばかりで心が壊死でもしたように笑顔を失くしていた剣士が、はにかみながらも初めて自分たちの前でコックの名を呼び、無意識にコックのシャツの裾を掴むのを見たとき(すぐにその手をコックがそっと外し、まるで『大丈夫』と伝えるように指を絡めて手を繋ぎ直すのを俺は見た)、不覚にも眼の奥がじわっとほんの少しだけ熱くなったりした。


指を絡められた瞬間、ふわりと嬉しそうに、面映そうに、剣士が微笑ったから。
あんまりその微笑が幸せそうで、何か尊いものでも見たように、綺麗だったから。


あんな顔を見せられたら、どれだけアテられようがこそばゆくなろうが文句を言おうが、結局最後には「良かったなあ、お前ら」この一言に尽きてしまう。
そしてそれはきっと、自分だけではなく、二人を見守ってきたクルー全員が覚える感慨なんだろうなと密かにウソップは思っている。


自分以外は誰も居なくなった室内と、反して騒がしくなってきた甲板に、腹が減ったと大暴れする船長の様子が眼に浮かんだ。
今寝たら、確実に自分の分の朝食は船長の胃袋に収まることになるんだろうな。
そう思いながらも、ウソップは潜り込んだ毛布の中でふわぁと一つ大きな欠伸をして、しょぼつく瞼をしっかりと閉じてしまった。
一眠りして眼が覚めたら、金髪コックに強請ってグリーンピース抜きのオムライスを作ってもらおう。
お騒がせな二人を冷やかしながら食べるそれはきっと、どんな高級料理よりもとびきり至福な味がするに違いないから。






END



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