普通に話せればそれで


「…………」
「…………」


 ソファに腰掛けながら向き合っている男女が沈黙し、早5分。
 その様子をこっそりと覗いていたセルティは、やっぱりこれはまずかったんじゃないかと思い始めていた。
 身体は向き合っているものの目線は両者共に下、その背後には重苦しい空気が漂っている。どちらが先に口火を切るか、そのタイミングすら見失っているように見えた。


「案外似たもの同士なのかもしれないね、あの二人」


 そしてこの状況を作り出した張本人は、どこか楽しげにそんなことを呟いている。
 元はと言えば新羅が「これ以上悩んでも仕方ないし、この際だからじっくり話し合った方が良いよ」と二人を鉢合わせさせたのが発端なのだ。
 帰ろうとする静雄をなんやかんやと言い含め、静雄在室を知り玄関先で硬直してしまったユウキをリビングまで引っ張り込んで、自分は早々に退室したのである。もちろんセルティを連れて。

 
『新羅……お前、さっきからどうしてそんなに楽しそうなんだ?』


 一向に会話の始まらない二人から目を離してそう打ち込むと、新羅は柔和な笑みを浮かべた。


「静雄君があんなにしどろもどろしてるなんて、貴重な光景だろう?だから、」
『いや、もうわかった』


 要するに好奇心なんだなと二人の友情を少しばかり疑う。
 しかし、新羅はセルティの考えを見抜いたように「違うよ、僕は純粋に嬉しいんだ」と言葉通り純粋そうな笑顔で言った。


「ほら、静雄君って臨也のせいで元から縁の薄かった青春とは完全に絶縁されてたからさ。紹介した僕にも責任があると、少し罪悪感を感じてたんだよ」
『……意外だ』


 まさか自分の恋人が、そこまで静雄のことを考えているとは思っていなかった。 
 セルティがそう見直したように頷くと、新羅はそのまま言葉を続けた。


「だから、ユウキちゃんとああして仲直りしようと必死な姿を見てるとね……自分がセルティと喧嘩もなく仲睦まじい生活が送れていることが嬉しくて仕方ないんだ」
『さっきまでの罪悪感はどこに行った』
「いや、だって僕が紹介しなくても臨也は静雄君に興味を持っただろうし、そういう運命だったんだよあの二人は」
『……嫌な運命だ』


 結局あまり責任を感じていないことがわかった。

 二人がそうして会話を続けていると、唐突に室内で携帯電話の着信音が鳴り始めた。何事かと視線をユウキ達に戻すと、静雄が慌てて携帯を取り出している。
 こんなタイミングで掛けてくるなんて、どれだけ間が悪いんだろう。セルティ達がそう思っていることも知らず、静雄は少し慌て気味に「悪い」とユウキに断って通話ボタンを押した。
 ユウキはユウキで呆気にとられたように「お構いなく」と返事をしているが、今日初めての会話がこれってどうなんだ。
 セルティがそう思いながら様子を覗いていることに、やはり静雄達は気付いていない。


「誰なんだろう、相手」
『さあ……』


 こんな状況でも電話に出るということは、それなりに身近な人間なのだろう。
 気を遣っているつもりなのか珍しく小声で通話をしている静雄の声は聞こえづらい、だからあまり内容が分からない。
 しばらく相槌をうつように頷いていた静雄が、不意に「は?」と間の抜けた声を上げた。


「そりゃ好きだけどよ……つーか、お前いつ知り合って、あ?三月?」


 少しずつ押さえの聞かなくなってきた声がセルティ達の元まで届き、静雄と付き合いの長い二人は何となく通話相手が分かり始めていた。


「そういや、そんなこともあったな……別にそんなんじゃ――いや、悪くはねぇけど……」


 ちらちらとユウキの様子を伺いながら喋る静雄のお陰か、先程までの空気が嘘のように軽くなっていく気がした。


「どちらかというと、ベストタイミングだったみたいだね」


 新羅の言葉にセルティが『そうだな』と言葉を打つと、しばらく何かを渋るように返事へ窮していた静雄が、やっとユウキの方へと向き直るのが見えた。
 いよいよまともな会話が始まるのかと、セルティは心なし身を乗り出す。対するユウキは驚いたように背筋をぴんと伸ばした。
 ただひとつ通話が終わっていないというのは気になるが、静雄の少し強ばった表情を見る限り、口を開くのは確かなはずだ。
 そうして十数秒後、ようやく成り立った会話は、
 

「……お前、甘いモン好きだったよな?」
「……好き、ですけど」


 突拍子がないにも程があった。
 当然首を傾げているユウキからはひとまず目線を逸らし、また通話に戻った静雄へ思わずつっこみたくなる。
 何とかその衝動を堪えて静雄の電話が終わったとき、次はユウキが口を開いた。


「あの、さっきの質問って……」


 なんですか?そう言いたげに首を捻るユウキへ、静雄は一瞬うっと言葉に詰まったような顔をした。 
 質問をした時点でそう聞かれるに決まっているのに、何を今さら……いや、今さらと言ってしまったらそんなものいくらでもあるのだが。
 新羅が楽しげにしている一方、内心ハラハラしているセルティが見守る中、静雄がやっとまともな返答をした。


「……さっきの電話相手が幽でよ、仕事先でプリン山ほどもらったから、いるかって」
「ああ、幽さん……」
「そんで、お前にお茶の礼がまだたったから、甘いモン好きなら一緒に食べて下さいって」


 そう伝えろって言うから。
 母親に後押しされる中学生男子のような言い方に、新羅は必死で笑いを堪えていた。
 
 ――幽君、タイミングが良い上に兄のピンチを見事に救ってる……。
 そうセルティはセルティで静雄の弟の器用さに心底感心し、これなら問題なく二人も仲直りできるだろうと安堵していた。

 しかし、一番安心していたのは、


「お邪魔しても、いいんですか」
「……いいに決まってんだろ」
 

 照れ隠しのつもりなのか、ぶっきらぼうにそう答える静雄へ静かにはにかんでいる、ユウキなのだろう。

 

 (普通に話せればそれで)



「お仕事って、CMの撮影か何かですか」「ああ、プリンのCMなんだとよ」

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