池袋の何でも相談所
 翌日 昼 新羅宅マンション



「いやあ、実に君らしい相談内容だよ。一方的に怒鳴りつけてしまったから、どう仲直りすればいいかわからないなんてさ。君って変なところで繊細だよね」


 静雄の向かい側に腰掛けている彼の旧友は、いつも通り軽薄な口調でそう言った。
 その言葉が相手を嘲っているかと言えば若干言い過ぎだが、普段の静雄ならば確実に苛ついている場面である。
 それを察したセルティは慌ててPDAを差し出しかけたものの、目の前に座っている静雄には全く殺気立った様子がなかった。

 確かに表情は険しい。一目で不機嫌だと分かる。
 しかしそれにしては、殺気という名の覇気が全く感じられない。それがセルティからすると、どことなく落ち込んでいるように見えた。

 ――やっと会えたと思ったら、喧嘩だもんな……。

 静雄のユウキに対する思いを知って数ヶ月――影ながら二人の仲がうまくいくよう願っていたセルティは、適切な助言をしなければと内心意気込んだ。


「そんなに落ち込まなくても大丈夫だよ。今回のことは君に全責任があるってわけじゃないし、ユウキちゃんもそれは分かってくれてるさ」
『新羅の言うとおり、ユウキはお前が理不尽な理由で怒鳴ったとは思ってないよ』
『今頃同じように、反省してる頃だろうな』


 そんな調子で息の合った励ましを幾度か重ねていたのだが、新羅が故意か無意識か、こんなことを言った。


「まあ、確かに臨也だって人間だから、入院中に唯一駆けつけてくれただろうユウキちゃんに何も思わないって事はないだろうけどね。それがきっかけで二人の距離が縮んだなんてこともあるかもしれないけど、ここで諦めるのはまだ早いよ。僕なんて小学生の時から十数年も片思いを続けて、最近やっと両思いになったんだからね?それに比べればまだまだ望みはあるさ。そりゃあ同棲してるんだからユウキちゃんだってある程度気を許してるかも知れないけど、」『新羅、もうやめてやれ……』


 励ますどころか、もう諦めろと言っているようなものだった。
 そしてやや笑みを交えて話している辺り、本当は珍しく静雄が落ち込んでいることを楽しんでいるのかも知れない。それが恋愛絡みともなればいよいよ故意にしか思えない。

 当の静雄は『臨也』というフレーズを聞いても青筋ひとつ浮かべなかったが、周囲の空気はますます重くなっていく。少なくとも、セルティはそう感じた。
 これなら怒鳴り散らしてくれた方が、知り合いとしては安心できるのだが。
  
 
『気を許してるから恋愛感情を持ってるとは限らないぞ、意外と恋愛に関しては対象外かもしれないしな』


 そう新羅の言葉をフォローした後、話を逸らすというわけでもないが、セルティはPDAに言葉を打ち込む。


『そもそも、臨也が本気にユウキのことを考えているのかどうかが怪しい』
『必要以上にユウキを束縛しているかと思えば、肝心なときにユウキを助けないからな』
『もしあいつが下らない人間観察目的で手元に置いておきたいだけなら、あの二人の関係は恋人同士じゃないよ。ましてや一緒にいるべきでもない』


 いくら月日を重ねても、やはりセルティの記憶の中ではユウキと初めてあった日や、カラオケボックスから二人の女性を運んだときのことが消えていなかった。
 そんなことから無意識に打ち出した言葉へ、静雄は思い出したように口を開いた。


「セルティ、お前……ユウキがここに来る前のこと、知ってるんだよな」
『……どういうことだ?』

 
 唐突な質問へセルティがPDAを傾けると同時に、その隣にいた新羅が「あー」とバツの悪そうな顔で言葉を挟む。
 また何かいらぬことを言ったのかと文字を打ちかけるセルティだが、その様子に気付いた新羅が慌てて口を開いた。


「いや、だってセルティ、君が事あるごとに臨也とユウキちゃんの関係を否定するから……何か事情でも知ってるのかなと」
『静雄に話したのか……』


 ――仮に知っていたとしても、私が伝えられるわけないだろ……。

 自殺を試みた人間の過去なんて、他人が容易に話して聞かせられるものとは思えない。
 また、ユウキ自身それを口にする日もまず来ない。
 静雄は臨也との関係の根源を知りたいのだろうが、こればっかりはどうしようもないだろう。

 黙って返事を待っている静雄には悪いが、とセルティがPDAに手を掛けたとき、不意に室内にある電話が鳴った。
 当然対応に向かったのは新羅だが、静雄やセルティもこんなタイミングで誰かかけてきたのかとその様子を眺める。


「はい、岸谷です。ああ、久しぶりだね。……いやいや、そんなに恐縮しなくてもいいから。……うん、うん?」


 いきなり首を傾げて静雄に一瞥した新羅は、すぐにいつも通りの口調に戻って「構わないよ」と通話相手に伝えた。
 セルティや静雄には会話の内容が聞こえていないため、なんのことだろうと首を捻る。
 そうしてすぐに電話を切った新羅は、面目なさそうに笑った。


「セルティごめんよ。君の意見を聞かずに、来客を許してしまった」
「……俺に詫びはねえのかよ」
「この家の主は僕であり、セルティだからね」


 さすがに正論であるためここは堪えた静雄だが、


『客人って、誰?』
「ユウキちゃん」
「手前はなに考えてんだ!?」


 ようやく怒声を上げた静雄へ、新羅が危機に瀕しているにも関わらず安堵するセルティだった。



 ――いやでも、本当にこれからどうすればいいんだ?  
 
  

 (池袋の何でも相談所)
 


 考えることは同じ。

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