仲違い
待ち合わせ場所で待ってくれているのだという遊馬崎さんと合流して、改めて自分がどこへ行っていたのか、これまでどうしていたのかを説明した。
とはいっても、さすがに私の過去に関することは何も言っていない。
聞いて気持ちの良い話でもなければ、すぐに話し終えられるものでもないのだ。個人的にも、聞いてほしいとはとても言えない内容なのだし、それが妥当だろう。
ちなみに折原さんに会いに行っていたという下りでは、
「あー、やっぱり?」「予想的中っすね」「ほらほらクル姉!私の言ったとおりっ!」「肯(そうだね)」
ということで、完全にばれていたようだ。私ってそんなに分かりやすい人間……か。
ちなみに言うと、折原さんが池袋にやってきているというのは本人から口止めされているので、私だけが帰ってきたことにしてある。
何を企んでいるのか気になるけれど……まったく教えてはもらえなかった。
あと狩沢さんも九瑠璃ちゃんも舞流ちゃんも、相当な数のメールを送ってくれていたらしい。すみません携帯電話壊れてたんです。
「まあ、なにはともあれ元気そうで安心したよ。杏里ちゃんとかも結構心配してたから、連絡入れてあげてね」
一通り話し終えた後、狩沢さんの言葉に「明日までには、必ず」と頷く。
杏里ちゃんか……。思えばゴールデンウィークに中途半端な形で別れたままだ。帝人くんのことも、少し気になる。
早いところ顔を見に行くか、電話をかけよう。そうとりあえず明日以降の予定を考えていたとき、門田さんが若干言いにくそうな口調で言った。
「そういやあんた、静雄に連絡入れたか?」
「いえ、まだですけど……」
門田さんと会うことを一番に優先させていたから、明日携帯電話が返ってきたときにと思っていた――のだが……。
平和島さんの名前が出た途端、その場の空気が、あー……と何とも言えないものになった。
事の詳細を知っている門田さんに会うのも内心緊張していたのだけれど、平和島さんはまた別の意味で会うのが怖い。
これまで通り接してもらえるのか、そう2ヶ月前から不安に思っていたのだが……なんだこの空気は。不安しかよぎらない。
「なんていうか、私たちへ一番に連絡してもらえたのは嬉しいんだけど……こればっかりはシズちゃん優先した方が、よかったかも」
そう、狩沢さんは曖昧な笑みを浮かべて言う。
「大きな揉め事を起こしたって話は聞いてないっすけど、人間ってあそこまでしかめっ面維持できるんすね」
遊馬崎さんは感心したようにそう言って頷いた。
「大っ嫌いなイザ兄のところへ、ユウキさんが無茶して行っちゃったんだもんねー。そりゃ不機嫌にもなるよ!」
「案(心配してると)……推(思います)……」
さすがに離れてくれた舞流ちゃんは、九瑠璃ちゃんと二人で同調するようにそう言った。
………………。
「今から、平和島さんを探しに行きます」
♀♂
昼 池袋某所 公園内
「体調不良の可能性を提示します。適度な休息は人体に不可欠、先輩は休暇を取るべきです」
テレクラの料金収集を仕事としているトムは、先輩の体調を気遣う異国の部下――ヴァローナの言動に溜息を吐いていた。
相手を心配しているというのは良いことなのだが、いかんせん今回は心配の仕方が的外れなのである。
案の定、言葉をかけられた本人は首を傾げて「別にどこも悪かねえんだが……」と比較的穏やかな口調で返事をしていた。
――ここ2ヶ月、静雄の様子がおかしい。
多少なりとも静雄に近い人間は皆そう思っているようだが、トムの見ている限り、仕事をしているときは普段と何ら変わりない。
ヴァローナという後輩ができたせいか、以前よりキレる回数は多少減った程だ。
それなら、どうして他の人間が「おかしい」と思うのか――問題は仕事を終えた後にある。
仕事場を出る辺りまではまだ落ち着いているのだが、事務所を出た辺りで少しずつ表情が険しくなっていくのだ。
ヴァローナはそれを体調不良によるものだと考えたようだが、付き合いの長いトムにはそうは見えなかった。
どちらかと言えば、仕事のことを考えなくてもいいようになった途端、別のことを考えてしまうせいだろう。
その原因にも十分すぎる心当たりがあったため、逆にそうとしか思えなかった。
――ヴァローナにも、そろそろ言っておいた方がいいかもしんねえな……。
静雄自身にそれを説明させるのはあまりに酷だ。というより、誰だって自分の口から話したいものではないはずだ。
加えてヴァローナはどこか他人の感情に疎い部分があるため、ある日いきなりとんでもないことを口走る可能性がある。
――早いとこ帰ってきてやれよ、こんだけ心配されてんだから……。
♀♂
上司のトムが話があると言ってヴァローナを連れ出したため、公園に残っているのは静雄だけとなった。
すぐに帰るとは言っていたが、一体何の話だろう。
ヴァローナは言動にこそおかしなところがあるものの、静雄からしてみれば真面目な後輩だという印象が強い。だからきっと、注意を受けていることはないはずだ。
そうベンチに座りながらぼんやり考えていると、何の前触れもなく特定の知り合いの顔が脳裏によぎった。
思わず顔をしかめながら別のことを考えようとするのだが、一度思い出すとこれがなかなか頭から離れない。
そんなことをしているうちに、苛立ちとも不安ともとれないものが込み上げ、静雄はさらに表情を険しくさせる羽目になるのだ。
ユウキが臨也のもとへ行ったのではないかと考えたのは、彼女が別の病院へ搬送されたと聞いた夜のことだった。
トムから臨也が入院したらしいと聞いたときに、ざまあみろと思った後、ふとユウキならばどうするだろうと考えた。
そうして春先の騒動を思い出せば、もう答えは分かったようなものである。
そもそも看護師達の対応にもおかしなところはあったのだ。静雄は自分でも驚くほど率直に、ユウキは臨也のもとへ行ったのだろうと思った。
それと同時に、何度言っても無茶をするユウキに腹が立った。
身体の状態ももちろんだが、殺されかけたということに全く危機感を抱いていない彼女へ、あいつは本当にバカなのかとさえ思った。
おまけにその向かった先が自分の毛嫌いしている男の元ともなれば、感情の起伏が激しい静雄でなくとも腹が立つだろう。
無事であればそれでいいだなんて、悠長に考えられるわけがないのだ。
「……っ」
気晴らしに吸おうと取り出したタバコは火をつける前に地面へ捨て、自分の苛立ちと共に踏みにじる。
まだトム達は帰ってきていないが、このままここにいても仕方がない。二人の後を追おうと、静雄はベンチから立ち上がった。
――そのときだった。
「平和島さん!」
何度電話をかけても聞けなかった声が、突然背後から聞こえてきた。何かを考える暇もなく、静雄はすぐさま振り返る。
すると、ここ2ヶ月間ずっと頭を悩ませていた相手が、息を乱してこちらに向かってきていた。
その頭に包帯はない。ギプスもはめていなければ、他の部分にも治療中の様子は見られなかった。
そのことに安心した反面、溜まりに溜まっていた苛立ちが、彼女の顔を見たことで沸々と沸き上がる。
やっと会えたという喜びや本当に身体は大丈夫なのかという心配もあるはずなのに――。
「あの、心配をおかけしてしまって、すみませんでした」
静雄の元へやってきたユウキは、不安げな声でそう言った後、何の躊躇もなく頭を下げた。
――違う。
「お見舞いにきてもらったのに、何も言わずに出て行ってしまって……」
彼女は心底申し訳なさそうな表情をしていた。
自分なりに悪いことをしたと思って、こうしているのだろう。それは静雄にも分かっているのだ。
しかし、彼女が口を開く度に、喉元まで何かが迫り上がってくる。
――もう何も言わないでくれ。
静雄がそう思っていることなど知らずに、ユウキは懸命に謝罪を続けるばかりだった。
それが決して間違いというわけではない。悪いことでも、決してなかったが――。
「お前は何にもわかってねえッ!」
最善の行為でもなかった。
その怒声にびくりと震えたユウキは、言葉を失って静雄を見上げる。
「何回も言ったよな。心配かけられるんのは構わねえ、そんなことでいちいち謝んなってよ……でもな、手前が手前をどうとも思ってねえなら、俺がいくら心配しても意味ねえだろうがッ!?」
昼間の公園で静雄が怒鳴っている――それだけを聞けば、池袋の光景としてそこまで変わったことではない。
しかし、その相手が若い女ともなれば、周囲の視線はいつも以上に集まっていた。好奇心を露わにした目つきの野次馬達の中には、携帯に何かを書き込んでいる者もいる。
お互いのことで精一杯である本人達は、当然そのことに気付いていなかった。静雄はこめかみに青筋を浮かべてユウキを睨み、ユウキは目を見開いて静雄を見上げている。
「お前、自分が臨也のせいで殺されかけたってこと分かってんのか!?あいつの傍にお前がいたって、それだけの理由で死にかけたんだぞ!?」
いつだったかユウキのバイト先の男が言っていたことを口にして、それなのにどうしてこいつは臨也に会いに行ったんだと、静雄は奥歯を噛みしめた。
ユウキはいつもこうなのだ。どれだけ親しくなれたと思っても、結局臨也の元に戻ってしまう。静雄の注意になど、耳を貸そうとはしない。
そんなことを考えた自分に、静雄はあることを思い出した。
『ユウキって酷いよね。都合良いっていうか、必要なときだけ頼って、終わったらさよならなわけだし』
春先に臨也が言った言葉が、今まさに自分が思っていたことだと気付いてしまった。
言われた直後は、それがユウキを好きでいるのと何の関係があるんだと思っていたはずなのに、今はそれが腹立たしくて仕方がない。
臨也の言葉通りだというのも気にくわなかったが、ユウキを心配するよりもまず怒声を上げた自分もどうかしている。
そう思った瞬間――目の前にいる好きな女が、初めて自分を見て震えていることに気が付いた。
♀♂
夜 池袋 某高層マンション
――ま、シズちゃんの忍耐力なんてこんなもんだと思ってたよ。
臨也は上機嫌に画面内の掲示板見つめ、昼間の様子を実況していた書き込み主に礼を言いたい気持ちになった。
約束通り5時前に帰ってきたユウキが酷く暗い顔で帰ってきたときは驚いたものだが、その書き込みのお陰で事の真相を知ることが出来たのだ。
前々からユウキに好意を寄せている静雄が邪魔で、どうしてやろうかと考えていた臨也に、それは吉報でしかなかった。
掲示板の書き込みを見る限り、静雄は二言三言ユウキを怒鳴った後、その場から立ち去ったようだ。
言いたいことを言い終えたから、立ち去ったように見えたと何人かが書き込んでいる。が、臨也は途中で正気に戻ったからだろうと思っていた。
――大方、ユウキが怖がっていることにでも気付いたんだろう。
――それを自分でフォローできるほど、シズちゃんは器用じゃないからねえ。
――また自分を押さえられなくなる前にユウキから離れたとか、そんなところかな。
このまま関係が破綻してしまえばいい。
本気でそう思いながら、臨也は小型のノートパソコンから顔を上げてキッチンにいるユウキを眺めた。
……心ここにあらずといった調子で料理をされるのは、危なっかしくてかなわない。
小さく息を吐いてパソコンを閉じ、臨也は料理の監視も兼ねて彼女の元に向かうことにした。
(晒された仲違い)
「やはり、静雄先輩は体調が、」「そっとしておいてやれ……な?」
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