あなた専属の用心棒です


 翌日 夕方 ファーストフード店



「あの、大丈夫ですか?」


 気遣ってくれているような声が真向いから聞こえ、私は微睡んでいた思考からほんの少し抜け出した。
 いつの間にやらガクリと下がっていた視線を上げると、今日の今日まで久しく会っていなかった男の子が、首を傾げてこちらを見ている。どうやらまた寝かけていたらしい。
 『また』というのはもちろん、私の意識が飛びかけたのはこれが初めてのことではないということだ。今日この店に入って椅子に腰を下ろしてから、もう三回ほど同じことを繰り返している。
 これで疑問に思わない方がおかしいだろう。


「ごめんね。なんか、寝不足みたいで……」


 そう言いながら額を叩き、完全覚醒を試みたがどうにも体の怠さがぬぐえない。頭がぼんやりとして、目を開けているのが辛い。
 今日は私から彼――黒沼青葉くんを呼び出したのに、なんて調子だろう。こんなことなら無理せず明日にした方が、まだ黒沼くんも時間を有効に使えたかもしれない。
 

「ユウキさんユウキさん寝不足ってどういう意味!?イザ兄が寝かせてくれなかったとかそういうアダルトな理由ッ!?」
「……鎮(騒がないで)」
「……違うからね」


 ちなみに黒沼くんへの連絡は舞流ちゃん経由で行ったため、不自然なのに自然な流れで折原姉妹も同席中だ。
 さらに加えて言うなら折原さんはこっちと地方を行き来しているという設定にしている。身内にも無事を知らせないというのはどうかと思い、そうさせてもらった。家族は大切するべきだ。

 そういうわけで全くそんな色っぽい話ではないのに目を輝かせている舞流ちゃんだが、そんな彼女の大声でも完全に目が醒めないだなんて、案外重度かもしれない。
 手早く用件を伝えて早々帰宅しよう。そう思いながらストローに口をつけて、冷たいオレンジジュースを喉に流し込む。これで数分はもつはずだ。


「それで、ええと……どこまで話したっけ」
「帝人先輩の様子が最近おかしいってところで、止まったままですね」
「ああ、本当にごめん……」


 まだ全く話が進んでいなかったようだ。頼むから覚醒してくれ私の頭。 
 帝人くん、杏里ちゃんとそこそこ親しい人――黒沼くんの存在を思い出し、最近の様子を聞くため私はここにいるんだ。居眠りをしに来たわけじゃない。
 そう意識を持ちながら「うん。そう……それで何か、話聞いてないかな」と尋ねると、青葉くんは小さく肩をすくめた。


「さっきからずっと考えてるんですけど、何が原因かっていうのは……わかりません」
「そっか……」

 
 決して黒沼くんが悪いわけでないが、それでも少し残念だと思ってしまう。
 彼以外で何か原因を知っていそうな人なんて……心当たりがないわけではないけれど、何か引っかかりがあってあの人に聞いてはダメだと感じるのだ。
 仮に本人に聞いても応えてくれるものかどうか、そもそも自分が『おかしい』だなんて自覚はしていないだろう。最近のことを聞いても、きょとんとされてしまうのが目に見えていた。


「すみません、役に立てなくて……」


 まだ幼さの残る顔で俯く黒沼くんに、私は気にしないでほしいと慌てて伝える。この子にそんな顔をされしまったら、何度もうたた寝しかけている私はどうすればいいんだ。
 と、そんなやりとりをしていたときだ。珍しく無言で私たちの様子を眺めていた舞流ちゃんが、「ふうん、ふーん」と意味深長な頷きをした。
 そのどことなく意地悪そうな表情に首を捻るものの、彼女は全く気にせず「ま、別にいっか!」と言って明るい笑みを浮かべる。

 自己完結でこちらをモヤモヤとした気持ちにさせるのは、兄譲りの気質なのだろうか。


「大丈夫だよユウキさん!私たちも何かわかったら連絡するから!!」
「必(絶対に)……」


 そう言ってがっちきりと私の両手を握る舞流ちゃんと、頷く九瑠璃ちゃん。


「ありがとう、助かるよ」
「うんうん!私もクル姉もユウキさんなら全力で助けちゃうッ!」
「君(青葉くん)、如(は)……」
「た、助ける!助けるって!」


 どこか威圧のこもった九瑠璃ちゃんの言葉に、黒沼くんは慌ててそういった。
 それから控えめに「僕も、なにかわかったら連絡します」と付け加えてくれたので、情報収穫はなかったものの少しホッとする。
 

「本当に、ありがとう」
「別にいいって!」


 そうカラッとした笑みを浮かべた舞流ちゃんに、私自身も頬を緩めた瞬間だった。


「それよりもさ、ユウキさん!最近イザ兄が変なことしてこなかった?」


 そんな付け加えの言葉に、私は始め数分前のセクハラの続きをされているかと思った。
 しかし、それにしてはいつもの目を輝かせるような様子は見られない。どうしたのかと内心驚きながら、返事を考える。


「変なことって……それはまあ、最近不気味なぐらい優しいけど。それ以外で変なことは……ないはず」
「そっか!じゃあ、昨日どこで何時ぐらいに寝たの?」
「それはもちろん自分の部屋で――」

 
 今朝目が覚めた場所を思い出してそう返事をしたが、そこで私は言葉に詰まってしまった。
 確かに今日目が覚めたのは(午前11時という昨日に続いて恐ろしい時間だったため、折原さんに平謝りしてしまったが)、自室だった。それは覚えている。
 でも、昨日の寝る前の記憶と言われると、途端曖昧になってしまうのだ。折原さんと夕食を食べたあと、片づけをして、多分お風呂に入って……。


「――部屋で寝たはず、なんだけど……」
「覚えてないんですか?」


 黒沼くんの問いに迷い迷いで頷いている間、舞流ちゃんが九瑠璃ちゃんに何か耳打ちをしているのが見えた。   
 その直後にいつも無表情な九瑠璃ちゃんが僅かに目を丸くしたため、ますます何事かと不安になる。
 これはきっと黒沼くんも首を捻っているだろうと振り返ってみた。が、意外にも呆れたような顔をしていた。また私の知らないところで物語が展開している……。
 そう思いながら三人へどう声をかけたものだろうと悩んでいると、不意に舞流ちゃんの質問があまりよくない意味でつながっていることに気が付いた。

 いや、むしろどうしてここまで気づかなかった私。
 
 
「……もしかして、舞流ちゃん」


 メガネ越しに不敵な笑みを浮かべている舞流ちゃんは「なになに?」と可愛く首を傾げた。


「折原さんが私に薬か何かを盛って眠らせたんじゃないか、なんて考えてる……とか」
「せいかーい!本当だったら最低だよねッ!」
「卑(ひどい)……」
「手段が下劣です」


 現役高校一年生たちにここまで罵られる折原さんって何なんだ。というか黒沼くんが折原さんを知っていたことに驚きだ、印象は随分悪いみたいだが。
 というよりこれがもし誤解(でなければ困る)だったら折原さんに申し訳ない。早くフォローを入れないと。


「いや、それはさすがにないんじゃないかな。私を眠らせて折原さんに何の得が――」
「寝顔写メし放題だよね!」
「抱(だきつく)……等(とか)……」
「大抵のことはできますよ」


 何気にみんな爆弾発言を投下してくれた。ないよ。ないって。ないと思わせて……。


「そもそもっ、折原さんがセクハラしてくるのって私の反応が面白いからってだけの理由だからね。何の反応もしない私のどこがおもしろ――」
「多分イザ兄は面白さなんて求めてないと思うよ!」
「頷(コクリ)……」
「人間だの何だの言ってますけど、一応あの人も男ですから」


 ほんの数分で場の空気は冷め切ってしまったらしい。三人の目つきがえらく冷たい。
 おまけにそろそろどうにもフォローができなくなってしまった。……あれ、本当に折原さんが薬盛ってるような気がしてきたんだけど。
 
 

 ♀♂



 夕方 池袋某路地



「……いや、大丈夫。きっと私の体調が悪いだけ」


 そう自己暗示をかけるように呟きながら、私はマンションまでの帰り道を歩いていた。
 舞流ちゃんたちは体のことを気遣って送ると言ってくれたが、さすがにマンションがばれてしまうのは後が恐い。
 とりあえず、帰り際に黒沼くんとアドレス交換ができたのはよかった。三人の協力も仰げそうで大収穫だ。

 まあ、帰りはしっかり隙を与えないようにと釘を刺されたけれど。これではどちらが年上かわからない。


「でもなんだかんだ言って、舞流ちゃんたちしっかりしてるからなあ……」


 二人だけで暮らしているみたいだし、自分の身もしっかり守れる。若干常識はずれなところもあるけれど、人懐っこくて我も持っている。
 黒沼くんのことはまだあまり親しいわけではないから、わからないというのが本音だ。しかし、彼もやっぱり自分の意志はしっかり持っている子だと思う。
 
 最近の若者はだなんてよく言うけれど、そんなことはないよなーと関心しながら歩道をふらふらと歩いているときだった。


「ねえきみ、大丈夫?」


 いかにも軽そうな声が背後から聞こえてきたため、とりあえず聞かなかったことにした。私が許せる軟派男は千景と正臣くんだけだ(正臣くんもそうだったらしいので、一応)。
 そうして僅かに歩調を速めて先に進もうと足を踏み出したが、すぐに肩を掴まれて強引に振り向かせられてしまった。
 案の定背後にいたのはさっきの声色をそのまま擬人化させたような不良というかチーマーというか、まあ意味は同じなのだが、とりあえずそういう連中が3人立っていた。
 外見の細かな描写は行の無駄なのでカットさせてもらおうと思う。


「さっきからずっとフラフラ歩いてたよね。気分悪いなら、送ってってあげ――」
「間に合ってます」


 へらへらとした笑みを浮かべていた主格っぽい男にそう言って、私はさっさと先に進もうとした。
 波江さんのような切り返しができると格好いいんだけど、クールビューティーには私はまだまだほど遠い存在だ。
 連中はどれだけ暇なのだろうと疑問に思いつつ、歩き始める。
 するとさっきとは倍ほども違う強さで肩を掴まれ、まるで計ったように真横にあった裏路地へと続く道に突き飛ばされた。微妙にデジャヴ。

 体調も相まって見事に転んだ私は、ようやくそろそろやばそうだと焦り始める。こういうところで危機感がないのは、確かに問題かもしれない。というか絶対にそうだ。
 

「まあまあ、そんなこと言わないでさぁ。俺たちに介抱させてよ」
「身体の調子なんてどうでもよくなるぜ?」
「……うわあ下衆い」 

  
 思わず素で感想を言った瞬間、ただでさえ断ったせいでイラつき始めていた連中の顔がみるみる引きつっていった。
 いつもならすぐにでも立ち上がって逃げるところだが、あいにく昨日の過剰リハビリで歩行以上はできない体になっている。
 やってしまったなとまた霞み始めた意識の中で思っていると、突然連中のうち一人が無言で前のめりに倒れた。

 ……倒れた?


「いやねえ、なんというかあの男もバカですよね」


 倒れた男の代わりに現れたのは、ハスキーな声でそんなことを言った15,6歳の女の子だった。
 明るい茶髪を風になびかせ呆れたような顔で息をついた彼女に、私を含めた全員が絶句する。
 この状況から考えて、あの男を伸したのは彼女なのだろう。それだけでももちろん驚く要素満載だが、黒スーツのような格好で皮手袋にメリケンサックを手にしている姿は異常にも程があった。


「こんな状況を想定できなかったんでしょうか。いや、想定できたからこそ僕を寄越したんでしょうけどまあ胸糞悪いのは同じだから別にいいや」


 しとやかな口調を一変させて、その子は唖然としていた両サイドのうち右側の男へ回し蹴りを叩き込んだ。
 身長は160センチといったところだろうに、見事に首筋へ足が届いて嫌な鈍い音が周囲へ響く。そうして着地すると同時に例のメリケンサックを左側男の顔面へ減り込ませた。
 ……ものの1分で、気絶した男が三人も出来上がってしまったようだ。


「…………な」


 誰が悲鳴をあげるわけでもなく終わってしまった速攻リンチ(助けてもらったのにあんまりな呼称だが、そうとしか見えなかった)に、私は再びデジャヴを覚える。
 登場方法が、あまりに千景と似ていたせいだ。きっとしなくても。


「さて、と」


 赤い液体が付着しているメリケンサックをゴミ箱に投げ捨て、彼女はくるりと振り返った。
 そしてそのままこちらに歩み寄り、思い出そっくりに膝をかがめて微笑みながら手を差し伸べてくれる。


「大丈夫ですか?」
「だいじょう、ぶ」


 差しのべられた手を取って立ち上がりながら、何か落ち着かないものを感じた。
 ……女の子相手におかしいとは思う。あんなことがあったから、しばらくそういう話は避けようと思っていた。

 それなのに、どうして今こんなにドキドキしているんだろうか……。心なし顔も熱い気がする……って、いやだから、なんだこれ……ッ!?
 内心かなり動揺しながら口を開けたり閉めたりしていると、彼女はクスリと笑って私の頬に手を添えた……添えた!?
 

「そんなに可愛い反応しないでください。野崎さん、ただでさえ僕の好みなんだから」
「!?」
   

 なんだこの乙女ゲーにいそうなキラキラ王子様系女子ッ!?
 千景でもここまで歯の浮く台詞は言ってない、いや初対面ではかなりセーブしてくれてたみたいだからそう思うだけかもしれないけどとにかく何なんだこの子……。
 私の名前も知っているようだし、しかも僕っ子って……可愛いし似合ってるからいいんだけど、いやそういう問題じゃないんだって。
 あまりにも驚く箇所が多すぎて再び絶句していると、その子は不意に私の手を取って目を細めた。


「驚かせてしまってすみません。それもこれもあの男が極力姿を見せるな、野崎さん自身に接触するな――なんて戯言を言ったせいなんです」
「……あの男、って」
「ええ、お察しの通り趣味の悪い情報屋こと折原臨也のことです」
「…………」


 この子はよっぽど折原さんが嫌いなんだなあ……。そう思うとなぜか少し緊張がほぐれ、呼吸が落ち着いた。  
 でも、それでどうして折原さんの言うことを聞くようなことをしているんだろう。さっきの「寄越した」という言葉も気になる。
 どこまでも穏やかな笑みを浮かべている彼女にそのまま疑問を尋ねると、未だ私の手を取りながら「ああ、それはですね」と嬉しそうに口を開いた。


「あの男がボディガードなんて頼んできたものですから最初は断ろうと思ったんですけど、その相手が貴女のような女性だと聞いて即座に話をのむことにしたんです」
「……は、あ」


 最後のは冗談、か? 
 しかしそれにしては、私の目の錯覚かもしれないけれど、というか目の錯覚に違いないんだけど、恍惚とした表情で私の左手を撫でているような。男だったらすぐさま逃げているところだ。
 もしかすると舞流ちゃんと趣向の似ている子なのかもしれないと思いつつ、こうして手を回してくれている折原さんに嬉しいものを感じた。やっぱり薬云々は誤解だったのかもしれない。
 そうして少し頬を弛緩させていると、彼女は「ああ、やっぱり笑っている顔もいいですね」と言って、嬉々と言葉をつづけた。


「つまりですよ。貴女は僕のあの男に対する嫌悪感に勝るほど、僕にとって理想的な女性なんです」


 次々告白めいたことを言う彼女に、さすがの私もちょっと待ってと口を挟みたくなった。
 確かにこの子は可愛い。登場時には説明しきれなかったが、まつ毛の長さとか顔のラインとか顔のパーツすべてが整っていて、折原さんを思い起こさせる綺麗な顔だちをしている。
 が、舞流ちゃんに言っている通り、うん。そういう方向にはちょっとついていけない。

 どうしようと少しどころでなく困惑していると、


「だから、野崎さん」


 私の動揺など知る由もなく、彼女は私の左手を口元に運んで――


「僕が――この新雪尋が命をかけてお守りします」


 私の切羽詰まったストップという言葉の前に、左手の甲へキスを落とした。



 (どうも、あなた専属の用心棒です) 


    
 新キャラ<新 雪尋:あたらし ゆきひろ 
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