PARTU『Can you?』
 

 通された部屋は、えも言い表せぬ奇妙な空気で満たされていた。見渡せば黒一色で、棚に並べられた怪しく発光する液体の瓶を除けば、この部屋のあらゆる家財道具が暗黒だ。
 レストは指示されるままソファーにちょこんと座り、足下に荷物を置いた。その間何度もまばたきをしながら、早くこの風景に慣れようと努力する。だがそうすると、視界にちらつく男の真っ白なシャツが気になって仕方ない。

「単刀直入に訊く。貴様は何が苦手だ」

 男は座ることもせず、レストの横から冷塊の如く声を浴びせる。

「苦手……と言いますと」

「何が出来なくて落第したのかと聞いている」

「らっ落第はしてません。ええと……飛行が一番苦手です。あと魔法も」

 男は耳を疑った。

「それが課程の全てだろう。貴様は一体スクールで何を学んできたんだ」

「あのぅ……その“貴様”ってやめません? 私レストっていいます」

「ほう! この俺に指図するのか!」

「ひいっ!」

 男が急に声を荒げると、レストは蛇に睨まれた蛙のように身を縮ませた。男は続けて、

「……まぁいい。ではまずお前に課題を出そう。俺は忙しいから一々お前の修業に付き合えない。自分でどうにかしろ。部屋をひとつ与えるが、あまり頻繁に出入りするな。無闇に出歩いたり他の部屋に入ることがあれば生かして帰さん。質問があれば今だけ受け付ける」

 と、眉間に皺を寄せながら早口で捲し立てる。レストは顔色を窺いながら小さく挙手をした。

「貴方の御名前を、伺ってもよろしいですか?」

「……ディズ。ディズ=ダスターだ」

「ディズって……あの大魔導の!?」

 レストは目を丸くして驚愕する。大魔導とは通り名で、暗黒魔法を使わせば右に出る者は無いとされる魔導士ディズ=ダスター。その知名度の高さは、レストのようないちスクール生は疎か、赤子でも名を聞いて縮み上がると言われる程だ。

「お前は何も知らずに此処に来たのか」

「すみません……」

 男――ディズは溜め息を零す。横目で壁の時計を確認し、踵を返した。

「仕事で外に出る。言い付けは守れよ」

 指を鳴らす音。すると何も無い空間から黒と青を基調としたマントと三角帽が現れて、ディズの手に収まった。それらを素早く身に付け、もう一度指を鳴らすと、彼の姿は煙を巻くように消えていった。

 残されたレストは一連の動作の余韻に浸り、ただ茫然と立ち尽くしていた。



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