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* * *
夜中目を覚ました青年が見たのは、地獄そのものだった。
隣で眠っていた筈の妹は肩より上が喪失し、青年の足下まで赤が滴っていた。
「エナ…?」
両親の寝室も同様の光景であった。
「父さん…母さん……!」
何が起こった
強盗?
殺人鬼?
「爺……」
祖父はこの村の長であり、今日はやり残した仕事があると役場に向かい帰ってきていない筈だ。青年はその身を案じた。祖父を失えば、青年は天涯孤独となる。
しかし……乱暴に扉を開け放ち、外に飛び出した青年の目に飛び込んできたものは、想像を絶する凄まじいものだった。
隣家の若い夫婦。向かいに住む老父。その前を通りかかったであろう人々。ボールを持った娘と、後ろから見守る母親。
全てが白昼夢のように。
転がり散乱する屍体……否、肉片に変貌していた。
証拠はすぐに見つかった。バラバラになった躯に残る無数の歯形。虎でも山犬でもない。
「“人喰い魔女”!!」
天を仰ぎ見ると、金の眼をした鷹と深青色の眼をした大烏が互いの肉を啄んだり羽根を毟り合うなど敵対していた。それらの鳥獣は魔女と呼ばれる種族が好んで隷属させるもので、属性の相反するものが痛めつけ合う事象がある事実を物語る。
……“人喰いの戦乱”に巻き込まれたのだ、この村は。
「うっ……うあああぁぁ!!!!!」
青年は我を忘れ走り出した。何度も何かに躓き、ぬかるんだ地面で転びそうになった。行く手を阻むぬかるみは全て血肉だった。村は血肉で溢れていた。
青年は気が狂ったように叫びながら猛進する…。
青年の足が止まった。
目線の先には、男の首筋に歯を立てている女の姿。噛み付かれた男は何度か抵抗したものの、すぐに静かになった。
「おや? まだ餌が残っていたのかえ?」
黄金の瞳をぎらつかせた捕食者の妖艶にあてられ、青年は咄嗟に思った。
嗚呼……俺もここで死ぬのか。
半月形に口を開いたまま硬直した青年が自らの死を確信した、その時。
視界が真っ赤に染まり、青年はただ茫然とし、魔女の首が飛び、冷然たる闖入者はその手を赤く染めた。
「無事か、人の子」
「び…ビーリアル……」
この時代、子供すら知っていた。最も恐るべき魔女として、この女は教本に載っていたのだから。それが今、目前で、喋り出す。
「この村にまだ生き残っている人間がいる。今から私が敵党共を皆殺せば、奴等の無事は約束されよう」
「………」
「そこで我は望む。我の娘を預かれ。我が拾い養っていた、人間の子だ。されば、我は人の子等を助けよう」
そうして、頷いた青年の元に置き去られたのは、人間の子と、鉄の約束。
これを
どうしろというんだ
まだ 赤ん坊じゃないか
人間の子?
ハハ……
「ハハハ……ハハハハハハハハハ!!!!!!」
青年はビーリアルが残した赤子を抱えると、混濁した眼を見開きながら半狂乱で走り始めた。
それは、留まることを知らず……。
青年が幼い女の子を連れて村に帰ってきたのは、7年後。青年はその3日後、高笑いと共に自宅で息を引き取った。二度と正気の様を取り戻すことは、なかったという。
何もわからずただ微笑む少女…スフィの瞳は、一片の濁りなく空を映し続けていた。
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