[3]
そして現在。
ヴィリアは宛ても無く街を歩いていた。人々には笑顔が溢れ、何処からか管弦楽団の演奏が風に乗って流れてくる。港から連絡船の汽笛が聞こえると、カモメ達が円を描いて飛ぶ姿も見える。自然とヴィリアも居心地の悪い気はしなかった。
ただ一点、気にかかることがあるとすれば……人の集まる所に立つ、ある噂。
小さなパン屋の前で、三人の婦人と店員らしい男が心痛な面持ちで会話をしている。
「お宅もアレアロさんから招待状が?」
「ええ」
「どうしましょう、お誘いを受けたことは有り難いのだけど……」
ヴィリアはすかさず話の輪に割って入る。
「お話し中すみません。アレアロさんのことで何かあったのですか?」
「何だいお嬢さん、見ない顔だな」
パン屋の店員がまじまじとヴィリアを見る。目線を下げていくと、彼女の足に取り付けられたホルスターに止まった。
「この街は……いや、この国は治安維持の為に昨年から銃刀取締法が出てるんだ。お嬢さん、余所から来たのかい?」
「身辺警護の仕事で此処に立ち寄りました。帯銃許可は取ってあります。それで、アレアロさんについてお聞かせ願いたいのですが」
「聞かせるも何も、アレアロさんはこの街の住人で、今晩ディナーのお誘いを受けただけですのよ?」
「ええそうですとも、何も疚しいことはありませんよ」
口を並べる婦人達。皆一様にある事実を隠している。それがヴィリアも知るところの、アレアロが“人喰い魔女”の一族であることとは明白であった。
余所者に恐怖を与えない為か、ともすれば自らに注ぐ災厄を恐れてか。どちらにしてもアレアロは、テレジア夫人の言うように、友好的な同じ社会集団の一人でありながら、万人の畏怖の対象であったことになる。
「それでは皆さんは勿論、出席されるのですね?」
「まぁ……そうですわね……」
「お断りする理由がありませんものねぇ……」
「それでは私も、ご一緒させていただけますか?」
ヴィリアの言葉に、婦人達とパン屋の顔が瞬時に血の気を失う。ヴィリアはホルスターをそっ、と触った。すると婦人達は引きつった笑みで快諾の意を示したのだった。
* * *
太陽がすっかり傾きかけた頃、アレアロ邸では会食の支度が忙しなく進められていた。
「あとはスープを煮込んで完了……だな。マニ、このドレス何処も変じゃないか?」
「バッチリ似合ってるにっ! ついでに言葉遣いさえ直せば立派な貴婦人にっ!」
「……悪かったな、貴婦人らしからぬ言葉遣いで」
柱時計が六つ鐘を打った。アレアロは鍋に蓋をし火を止める。
「そろそろ約束の時間だ。マニ、本当に済まない」
「気にしないにっ」
マニはにっと歯を見せ、態とらしく微笑んだ。ぴょんぴょんと跳ねるように階段を駆け上がり、奥の部屋へと入っていく。
「それじゃあ、ご飯待ってるにっ。オアズケはダメによっ!」
扉が閉じられる音と同時に、玄関の呼び鈴が来客を告げた。
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