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 時は数日前に遡る。

 背の高い樹々に覆われた薄暗い洋館に、今まさに足を踏み入れた者の姿があった。

「いま帰ったにー」

 ドアノブにやっとのことで手が届く程の背丈の少女が、幼い瞳を輝かせて声を飛ばす。すぐに屋内から女が現れ、少女を出迎えた。

「ご苦労だったな、マニ」

 マニと呼ばれた少女は、背伸びをして大きな鉄のドアを閉め、手にしていた麻袋を下に置いた。

「アレアロの為だにっ! どうってことないにっ!」

 女――アレアロはくすりと笑った。それから、マニが持って来た麻袋を拾い上げ、中身を見た。中には、土のついた根菜がぎっしり詰まっていた。

「今日もまた大量だな。一体何処で見つけてくるんだい?」

「えっへへぇ、内緒だにっ」

 マニは歯をみせて笑む。

「そうか……まあ良い。さあ、食事にしよう。早くおいで。今日は街で牛肉が手に入ったから、ご馳走だぞ」

「わぁい! ご馳走にっ! マニはお肉大好きにっ!」





 台所ではグツグツと鍋の煮立つ音が心地よく響いていた。スキップで食卓に着いたマニは、テーブルによじ登って、台所から漂ってくる匂いを嗅いでいる。

「マニ、テーブルから足を降ろしなさい、すぐ出来るから」

 出来たてのビーフシチュー、牛肉のソテー、サラダボウルが運ばれ、マニもテーブルから降りて行儀良く席についた。

 二人きりの、静かな晩餐。

 数分、食器の音だけが静寂を裂いていたが、マニが思い出したように口を開いた。

「なんでアレアロは、食べものをあつめてるに? マニ達ふたりだったら、あんなにいっぱいの野菜は食べきれないにっ」

「ん? ああ…そうだな、言ってなかったな」

 フォークを皿に置き、アレアロが話し始める。

「私達がこの街に住むようになって、もう一年になるよな。それまでは、行く先々で私達は迫害され、恐怖され、住家を追いやられていた。

 だけどこの街は違う。私達に人間を襲う意志が無いことを、皆理解してくれた。こうやって、空き家になっていた広い屋敷に住んで、街で買い物をして、夢にまで見た平和な生活をしている。

 そこでだ。日頃世話になってる街の者たちの為に、饗応の席を設け屋敷に迎えよう、と考えたのさ。私の得意料理を盛大に振る舞ってな」

「わはーい! アレアロは頭イイに〜! またご馳走が食べれるにっ!」

「あー……その件なんだけどな、その……マニは、その間、身を隠していて欲しいんだ」

「にっ!?」

 マニの顔が驚きで引きつり、すぐに涙が浮かぶ。

「なんでにかぁ〜! マニがなにか悪いことしたにかぁ!? オアズケなんてひどいにぃぃ!!!」

「い、いやっ! マニには感謝しているし、悪いことなんてひとつもしていないぞ! ただ……街の者達は、まだマニに警戒しているんだ。折角の饗応の席で、客人に不安を覚えさせては……なんたって私達は……」

「“ヒトクイ”だって言うにか!?」

「解ってくれよ。……ちゃんとマニにも料理は運ぶよ。ちょっと、二階とかで静かにしててくれるだけでいいんだ」

「にっ……マニにもご飯あたるにかっ? オアズケじゃないにかっ?」

「何言ってるんだい、誰も『何も食うな』とは言ってないぞ」

「やったに〜っ! マニいい子にしてるにっ!」

「やれやれ…食い気だけかい、お前は」


(だから……不安になるんだ)


 広い食卓に、小さな灯りひとつ、笑い声がふたつ。



 

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