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 草場の影から敵意顕に姿を現したのは、件の長老であった。皺のたたまれた面に怒気と土気色を浮かべて、手にしているのは鉄の凶器。

「捕殺しろ!! 憎き魔女の仔を!! 我等に災いを齎す悪魔の仔を!!」

 長老は険相な顔で、忌憚することなく罵詈雑言を吐き散らす。手にしていた狩猟銃を少女に突き付けた。いつ引き金を引いてもおかしくない。長老は異常に血走った目をしていた。
 一目で窺える。何を言っても無駄だ。この老人は…達っしている。


「……っがああああああ!!!!!」

 口角から泡を飛ばしながら喚く長老目掛け、ヴィリアは小銃の鉛弾を撃った。避けることを知らなかった老人の右脛を銃撃が掠める。細く赤い染みが拡がる。牽制の意味で放った一撃。しかしそれでも老人の動きは止まらない。
 ヴィリアは計らいを変えた。連続した発砲音。次いで重い狩猟銃が地面に落ちた。吹き出る赤。五指のいくつかと橈骨を撃ち抜き、完璧に長老の手を封じた。

「……しし死ねぇぇ!!!」

「!!」

 老人は折れない!
 だらりと垂れる腕はお構いなしに、スフィ目掛けて突進してくる。
 スフィは…茫然と、向かってくる長老を見つめている。

「スフィ!! 避けなさい!!」

 刹那。スフィの姿が消えた。長老が必死に四面を探る。その目に最早理性は皆無。
 スフィは頭上にいた。ヴィリアの声に気付き、老人の突進を間一髪で跳躍回避したのだ。そのままスフィは兎のようにぴょんぴょんと跳び、ヴィリアの背後に隠れた。

 声にならない叫びを上げて、長老はヴィリアを…その後ろのスフィを狙う。既に手段は失われている。構わず歯を鳴らし、噛み付かんと威嚇。

「……もう駄目ね」

 ヴィリアは嘆息する。抜き出したのは短剣。
 長老は絶えず飛び掛かってくる。ヴィリアは後方転回で全て軽やかに躱した。蹴りが来ると、蹴りで返し、捨て身の腕振りは、手刀で跳ね返す。

「残念。私は元々体術型だから、射撃よりこちらのほうが得意なのよ」

 最後にヴィリアが短剣の柄で老人の後頭部に衝撃。漸く狂乱の暴走は幕を閉じた。






 ほら、だから言ったろう。


 もうこの人は駄目だ。


 いつからだったか。



 やはり、あの日からか…。


 この男が気狂いしてしまったのは。



「もしかしたら……本当に醜いのは人間かもしれないね」

 集落の人々が一斉に現場に集結する。マルサが溜め息混じりに言い、情けなく笑った。長老…と呼ばれていた老人は今や見る影もなく、地面と同じ顔色で横たわっていた。ヴィリアは目を逸らすと、静かに口を開いた。

「私には……解りません。ただ、目の前すら見えなくなり必死にもがいている老体が、哀れに映ったことは否定しません」

「……そうさねぇ…。お孫さんがああなったんじゃ……」

 そこまで言い、口を噤んだマルサ。ヴィリアは糾弾さえしなかった。
 ただ、視界の中で何事もなかったように微笑むスフィの姿を、時間の許す限り眺めていたいと思った。




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あきゅろす。
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