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 一気に床を蹴ったアレアロは次の瞬間ヴィリアの背後に現れ、拳を叩き込む。しかし突き出した拳は空を切り、身をかがめたヴィリアから反撃の足払い。素早い跳躍で交わすアレアロ。出方を窺う両者の間に再び距離。

「元々私は体術専門。射撃は得意じゃない。……そう言った筈だ」

 ヴィリアの手には、顔の長さ程の短剣。黒い柄に刻まれた薔薇の刻印は赤く、刺を思わせる乱刃は鈍色に輝いていた。

「……いつの間にそんなモノ抜いたんだい」

「手加減は止める。先の奇襲の償いにもならないが」

 言いかけた所で、ヴィリアは姿を消した。

「上か!」

 振り下ろされた斬撃を、アレアロは避けるのが精一杯だった。段々と速度を増していく攻撃はさながら円舞のようで、躱し続けるアレアロが遂に息を荒らげて膝を折った。

「何だ……身体が」

「流石に肩を掠っただけでは銀の効き目も遅いようだ」

「チッ……あの時の」

 アレアロは殆ど動かなくなった両足を床に投げ出し、戦意喪失。勝敗は明らかとなった。



「このまま猛毒にやられ息絶えるのを待つか、それとも」
「冗談じゃないぜ。殺してくれ。その銀の弾丸でブチ抜いてさ」

「……解った」

 短剣を仕舞い、ヴィリアは再びホルスターから銃を取り出す。

「随分涼しい顔で人を殺すんだな、ヴィリア」

 虚ろな瞳でアレアロが語る。

「……マニはな、拾い子だが、家族だったんだ。あいつも私もバケモノで、互いに息を潜めて生きてきた。これからもそうする筈だった。……そんな二人の命を奪うんだ、少しは心痛めてくれよな」

「人喰い一族は、殺す。私に課せられた使命だ。痛みも迷いも無い」

「ハハ……ハ……どっちがバケモノだよ……」

 銃声。アレアロの額に宛てがわれた銃口は、真っ直ぐ彼女の脳天を穿った。



 招待客を残らず屋敷の外へ連れ出し、ヴィリアは掻い摘んで事情を説明した。血と煙の一夜は、空が白み出した頃に終幕を迎えた。

「死体の処理は此方で済ませます。専門の者が明朝に到着する予定です」

「人喰いか……噂に聞いてはいたんだがな」

「とても善い人……だったわねぇ」

 アレアロの死を惜しむ声が、次々と溢れた。

「旅の御方……ヴィリアといったか。ジェラールの件は残念だった。解決してくれたことも感謝している。ただ……俺たちは少し、アレアロさんにお別れを言いたいんだ。済まないが……もう帰っちゃあくれないか」

 畏怖……嫌悪。その場に居た全員が、同じ目の色を向けていた。

 冷たい風が吹き抜ける月空を背に、ヴィリアは街を出た。




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あきゅろす。
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