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「ここが長老のいるテントだよ」
マルサは、鞣革を縫い合わせて造られた巨大なテントの前で立ち止まり、ヴィリアに中へ入るよう促した。
「ここでは皆テント生活をしているのですか?」
ヴィリアは疑問をぶつけてみる。
長老のテントを始め、ヴィリアがここから目の届く一帯だけでも数多のテントがたっている。その殆どは動物の皮で造られており、規模は様々である。
「私達は貧しいし、季節の変わり目によく移住するからね。家を持つよりずっと楽なのさ」
マルサが答える。
「移住民なんですね」
「なぁに、ただの引っ越し好きの集まりさー」
そう言うと、マルサは豪快に声をあげて笑った。
テントの中は熱気が充満しており、男女十数人が、一人の老人を取り囲んで談笑していた。マルサは外で待っている。
「よく参られた、朱の救世使よ。名を……ヴィリア殿、といったか」
長老は長い煙管で煙草を吹しながら、片目でヴィリアを見据える。
魔女狩りの先駆者マザー・リリオールの直属で、彼女の率いる組織“黒条教団”の一員であるヴィリア。教団には、関係者各々に与えられる徽章が存在し、特に朱色の花を象った“魔女狩り”の象徴が説話と化している。
“朱の救世使”とは、極稀に朱色徽章を持つ魔女狩りを讃える代名詞として古来使われてきた言葉なのだが、時代が過ぎ、時の流れるままに消失しかけていると言っても過言ではない。この古き風習が、長老と呼ばれる男の長い人生の片鱗を如実に窺わせている。
燻り始めた煙管の中を細目で覗きながら、長老は淡々と語り出す。
「依頼とはな……この集落の近隣に住み着いておる忌々しき娘を殺して欲しいのだ」
「娘……」
呟くヴィリアの脳裏を過ぎったのは、こちらに辿り着く途中で邂逅した、口をきかぬ少女……そして、遠巻きに聞こえた少年達の声。
“人喰い魔女の捨て子”
「……まさか、あの子供が人喰いだというのですか?」
「何だ、違うと言うのか?」
少し疑問の色をのせて放ったヴィリアの言葉に長老が問いで返す。案じたヴィリアは、眼光を強めて意を致した。
「私には、人喰いか否か視認する力があります。見たところ、彼女から魔女の気配は感じられませんでした」
「しかし、必ずしも白とは限らんのだよ」
「……何故です?」
「彼奴はな………13年前にこの集落を襲った“ビーリアル”の落とし子だからだ」
「ビーリアル!?」
応酬の末長老が発した固有名詞……ビーリアル。これを聞いたヴィリアは思わず声を張り驚愕した。
「無論知らぬわけはなかろうな。あの悪魔宛らの人喰い……ビーリアル。捕って食らった人間は数知れず、攻撃を仕掛けたかつての黒条教団は壊滅寸前にまで追い込まれたと聞く」
「………」
ヴィリアも記憶を反芻する。だが……
「続けて、良いかの」
「……あ、はい」
ヴィリアの意識が現実に引き戻され、長老の弁明が続く。
「あの娘がビーリアルと関係していることは、儂がこの目で見た、紛れもない事実。いつ本性を表して我等を襲うや……心休まらぬ。何としてでも、魔女と手の繋がったものを野放しにはしておけんのだ!」
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