[1]
自分の
知らない処で
それは続いて
いるんだ
「うわっ、人喰い女がいるぞ〜!」
「人喰い魔女の捨て子が山からおりてきたぁ!」
「うわっ!近付いたら喰われちまうー!」
次々と罵声を飛ばす子供達が見る方向に、樹齢百年はとうに越えているであろう大きな木が根を張っていた。
その根元で腰を下ろし、空を見上げる少女がいる。乳白色の髪、浅葱色の襟巻が風に煽られたな引く先端を目で追いながら、少女は微笑みを浮かべていた。
「魔女には人間の言葉が通じないんだよ、ヒャハッ」
更に子供達は揶揄いの言葉を浴びせるが、それでも少女は見向きもしない。両者の間にさほど距離はないのに、まるで何も耳に入ってきていないという風に。
「テメェ!ホントに聞いてねぇのかよ!?」
別の少年が怒鳴る。すると漸く少女は声に気付いたようで、少年達の方に目を遣った。しかし少女は、その声が自分に向かって発せられているものだと理解した様子がない。ただ首を傾げ、困惑色の目で、声を荒げた少年をまじまじと見る。
「コイツ……」
少年が再び口を開きかけた時。
「君達、ちょっといい?」
少年達が振り返ると、そこには見慣れぬ容貌の少女が静かに立っていた。……少女と言っても、少年達は10代も盛り、もしくはもっと幼く見えるのに対し、随分落ち着いた印象を受ける。外見で判断し、18、19といったところか。
肩の大きく開いた白いニットセーターに、黒いレザーのスカート。腰に巻き付けられた太いベルトの一方には、合皮の鞘に納めてある短剣と鈍色の小銃を吊っている。
彼女の名はヴィリア。表向きには《教会からの使者》となっている。
「君達は、この辺りに住んでいるの?」
ヴィリアが問うも少年達の目は、彼女の腰に吊り下げられた些か物騒な代物に釘付けになっている。
「……コイツ……武器持ってるぞ」
少年のひとりが言った。ヴィリアが携えているのは、若い女性が持つに相応しくない“実戦向き”の銃と、鍔無しの鋸のような短剣である。
「私はこの村に“依頼”を受けて来たのだけど、誰の所へ行けば取り次いでもらえるかしら」
威圧するでもなく、ヴィリアはずっと無表情を決め込んでいた。むしろ、元より表面の感情に起伏が殆ど無いのだろう。その上、持っている二つの武器が、一層少年達に得も言われぬ恐怖を与えた。
「い…依頼って何だよ……俺達そんなの…知らねぇし…なぁ」
ふとヴィリアは、こちらへ走り寄ってくる者の気配を感じた。
「コラッ!あんたたち何やってるんだい!!」
「うわっ、マルサ婆だ!」
「逃げろ〜!!」
けたたましく現れた人物を認めるなり、少年達は隙有りと一目散に逃げ去ってしまった。
「………」
そして、その入れ違いにやって来た初老の女性が、喧しい声で話し出す。
「やれやれ。やけに騒がしいと思えば、あの子供らはまた悪戯ばかり。旅人さんは何か変なことされなかったかい?」
「いいえ。あの……」
「おや、その子は……」
ヴィリアが尋ねかけたが、女性の意識は背後の……ずっと木の根元に座り込んでいる少女に向かった。……女性の表情が凍る。
「旅人さん、ここで何をしていたんだい?」
女性が緊迫した面持ちで聞いてきた。ヴィリアは答える。
「あの少年達に尋ねたいことがあったのですが…」
「ああ、そうだったのかい……それは失礼したね。私はマルサだよ。この先にある小さな集落に住んでるんだ。ところで、尋ねたいこととは……何か困ったことでもあるのかい?」
マルサはヴィリアよりずっと流暢に、かん高い声で喋る。
「…私は黒条教団の人間で、名をヴィリアといいます。“魔女狩り”の依頼を受けて来ました。……その集落というのが、依頼主の村でしょうか?」
“魔女狩り”
この単語の意味するところを、マルサは知っていた。
「……そうらしいね。長老に会えばはっきりするさ。案内するよ」
「ありがとうございます」
ヴィリアはマルサの後を追い歩き出した。ふと、後ろを振り返ってみる。
少女の姿はなくなっていた。
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