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毒虫野郎と方向音痴














カナ カナ カナ カナ

ひぐらしの鳴く声が森の中に響いていた。

融けた赤銅が零れた様に、全てが朱い。

空も 木々も 草も 土も

人の血も


(あれは元から赤いんだ。)

孫兵は混乱している自分の思考を自嘲気味に笑う。
乾いた唇の、皮が擦れ合う感触が不愉快だった。

だから温かくて柔らかい、左門の手を握って心を静める。
迷子詮索の末にようやく見つけた確かな温もりだ。



「「あ。」」



二人の声が重なる。
足元に大きなひぐらしの死骸が転がっていたのだ。


孫兵は立ち止り、そっと腰を下ろした。
左門もそれに続き、隣で蹲る。

孫兵の瞳は、潰れた死骸を映す。
胸の内に、苦いものがじんわりと広がっていく。


(…これは僕たちの未来の姿だ。)


つい先刻まで、授業の一環で戦を見ていた。
沢山の怒りと、血と、死を目の当たりにし、それらは今も網膜に焼き付いている。

忍者が、殉じた。
闇に生きる彼の亡骸を拾う者はなく、焼け野原にいつまでも残されていた。
それでも世界は変わらない。
彼の命をすり抜けて、数多の忍びたちが戦場に舞っていくのだ。



一匹のひぐらしが道端で潰れても。

カナ カナ カナ カナ

夏の終わりを告げ、どこか切なく胸の内に響く鳴き声は、今も左門と孫兵を包み込む。



(忍者になると決めてから、そんなのは当たり前だと思っていたのに…。)



孫兵は俯いたまま、視線だけを秘かに左門へと向けた。
彼の大きな瞳は、真っ直ぐに虫の死骸を映している。

急激に、彼の目を手で覆い隠したい衝動に襲われた。
動きかけた手を自ら制止して、小さな溜息。






(左門には綺麗な世界を見てもらいたい。………あぁ、馬鹿げている。一緒の運命なのに。)






それでも、望んでしまう。




忍びとして暗躍し、歴史から抹殺される未来、なんて。




捨ててしまって。




表の世界で、君と輝かしく生きていけたら。
































道端の虫の死骸に
私の未来を見るようで

(そんなのは、………泣き出してしまいそうだ。)




































「孫兵?」

不意に声をかけられる。
左門が不思議そうにこちらを見ていた。
自分の世界に入ってしまっていた孫兵は慌てて笑みを浮かべ、クナイを手に取る。

足元の土に穴を掘っていく。


「どんな生き物にも、安らかに眠れる場所は必要だからな。」

「そうだな!孫兵の言うとおりだ!」

左門の無邪気な声が心に痛い。
虫の死骸に向けたはずの言葉は、まるで今の自分の気持ちへの慰めだったからだ。


……左門は、どう思っているのだろう。


疑問が浮かぶと、それは自然に口から漏れ出ていった。




「左門。これが僕らの未来だ。」

「ん?」

「こんな風に道端で死骸になるのが、僕らの未来だよ。今日の授業で学んだ通りだ。左門はどう思う?」

尋ねる声は低く、咎める様な色を含んでしまった。
しかしそうしなければ、孫兵は込み上げる負の感情に負けて涙が滲んでしまいそうだったのだ。
左門は孫兵をじっと見つめると、その視線は土の棺の中へと移った。







「見ろ孫兵。潰れてひしゃげても、翅が二枚、対になって残ったんだ。」

「…………。」

左門の言葉のまま、孫兵はその翅を見る。
虫の背から、千切れかけた翅がどうにか形を保って二枚伸びている。
それがどうしたというのだろう。

隣にいた左門が寄り添ってきた。
肩と肩が触れ合って、彼の高い体温の温もりを感じる。
そして左門は笑った。


「見ろ孫兵。後ろに伸びる、僕らの影。」

顔だけ振り向くと、夕焼けに照らされた草地に二人の影が長く伸びていた。

「この虫の翅とよく似てるだろう?これが僕らの未来だ。」









「一緒にいような!」










そう言って瞳を優しく細める左門を、孫兵は力強く抱きしめた。



























道端の虫の死骸に
私の未来を見るようで

(翅のように対で、君と残る未来なら。…………幸せだ。)











END



「毒虫野郎と方向音痴」様に提出させていただきました。
孫兵は色々とナーバスになりそうですが、その度に左門が笑顔で吹き飛ばしてくれるような関係が理想です♪
読んでくださってありがとうございます。
邑雲様、素敵な企画をありがとうございます!!



リタ



あきゅろす。
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