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個人レッスンー1
えろいです。これの続き。
主の思考が完全にドロドロ乙女。


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勉強には些か不向きに感じられるリズミカルな音楽の中。つい先ほどまで耳に届いていたシャープペンシルを走らせる音が、はたと止んだ。教科書と向かい合う陽介の向かいに座って手にした文庫本の文字を追いながら、ペンが再び動き出すのを待つこと数秒、数分。一向に動く気配の無いペン先に顔を上げると、問題集と向かい合ったまま神妙な面持ちで固まっている陽介の姿が目に入った。
「…開始からまだ5分と経っていないようですが」
取り敢えず一時間は頑張る!などと意気揚々に言いながら、陽介自らがテーブルの上に置いた時計を見ながら一言。不安と皮肉が半々に混じった俺の発言を受けると、まるでそれが何かのスイッチだったかのように陽介は不意に頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
「だってわっかんねーもん……こんなの分かんなくたって生きていけんもん…」
「数学苦手な奴って大体の奴がそう言い訳するよな」
呆れながら再度時計を確認してみるが、何度見ようとも経過時間はやはり5分だ。このまま、早々にリタイア宣言をしそうな勢いの陽介は拗ね始めた様子で、シャープペンの芯を出してはテーブルに押し付けて引っ込め、出しては引っ込めを繰り返し始めた。
一から全部を教えるのは流石に面倒な上に時間が掛かるので、取り敢えず解る所までは自分で進めろと言い出したのは俺だが……まさか初っ端から躓くなどとはさすがに予想外だった。
「砂神せんせーぇ、もう分かりませぇん」
「気持ち悪い声出すな気持ち悪い」
「気持ち悪いとか連呼すんなよ…」
今日こそこの本のクライマックスを拝んでやろうと意気込んでいたと言うのに、初っ端からこの調子ではとても叶いそうに無い。残り数ページのところに栞を挟んで、渋々ながら身を乗り出して問題集を覗き込んだ。数学の問題集の一問目と言えば基礎中の基礎である単純な計算式、という俺の中のプチ常識を裏切って、いきなり文章問題から始まっている。これじゃ理解の仕様がないだろ、と教科書の出来に突っ込みを入れながら、陽介がいきなり躓いた理由に深く納得する。

試験前に陽介と二人きりで勉強会を開くのは、これで2回目になる。こちらに来て早々、試験結果の順位表の一番上にあった俺の名前を見て、次からはお前に教えて貰うことにすると陽介が言い出したのが最初。陽介は飲み込みが良かったようで、勉強会を開催した2度目のテストではそれなりの成績を収めることに成功したようだった。
効果を実感したからには次回もこの勉強会は開催されるのだろうと、その時は確かに思ったのだが……。修学旅行の夜の失言のときから俺と陽介の関係はとても不安定なものになってしまっていて、陽介からこの勉強会の誘いを受けたときには正直驚いた。

修学旅行一日目の夜。陽介の発言を受けてつい口に出してしまった言葉が引き金になり、無駄に広いダブルベッドの端と端にそれぞれ陣取って無言で過ごした気まずい夜。記憶に新しいような気がするのだが、気が付けばあれから既に一ヶ月が経過しようとしている。
千枝にからかわれても反論は愚か反応が全く無かったりとか、はたまたクマに対する態度が気持ち悪いくらいに優しくなってみたりとか。…俺も、二人きりになるのを意図的に避けられたりもしりとか。本人は普通を装っていたつもりなのかも知れないが動揺っぷりがこれでもかと言うくらい言動に表れていた。(二人きりになれば気まずい雰囲気になってしまうことは火を見るより明らかだったから、避けられていたことに関してだけ言えば正直助かっていたのだが。)
「ここがこうなるから、使う公式は……分かるか?」
「ん?んー、……こう、かな?」
「そうそう。で、その式で出た答えを次はこっちの…」
要するに、こうして二人きりに(しかも密室で)なるのは実に久しぶりになるわけだが、うんうんと頭を悩ませながらどうにか問題を解いていく陽介はいつもの陽介と大差ない。これが平静を装うための演技なのだとしたら、その演技力は演劇部の俺でも驚くほどのものだと言う事になる。今日こうして陽介の誘いに乗って家に来たのは関係を修復するのが目的なのだが、何でも無かったように振舞われると逆にタイミングを掴みにくい。
「分かった!次はこれだろ、これ!」
「ハイ正解」
解き方を覚えたことで調子付いている陽介に、次の問題も似たような内容だから頑張ってみろと言い付けて、閉じた文庫本の続きを読むことにする。

今読んでいるのは、男性よりは女性が好んで読みそうなこってこての恋愛小説だ。それも、昼ドラにでもなりそうなくらいのドロッドロの。内容も至ってシンプルで、とある人妻が訳あって引き離された幼馴染の男性と不貞に走るという割と王道もの。
昔から暇潰しといえば読書で、今までに読破した本の中には確かに恋愛小説も多々あった。が、最近(もっと具体的に言うなら陽介と付き合い始めてから)読んだ本の中で恋愛小説の割合が物凄く高くなったような気がするのは、多分気のせいでは無い。
―ずっと好きだった。
―私も、離れてからもずっと貴方のことを。
”運命的”と称された再開を果たしてから残り数ページのここに至るまでの間、この二人はそんなやり取りを繰り返しながら身体を重ねては、お互いの愛情を確かめ合っている。作品を通して作者が何を伝えたいのか、恋愛小説からそれを読み取るのは難儀なことだと常々思っていたが、これは伝えたいことの1パーセントも見えてこない。
(途方も無いくらいの一途な愛情?)
上辺だけを見るのならばそう見えなくも無い。一途な愛情を貫くために、倫理に反する行為に走る二人。なるほど、響きだけを聞くのであれば確かにそれは素晴らしい愛と言えなくも無い。
だが、一途な愛情を貫いたと言うのならば、彼女は何故違う誰かと結婚などしたのだろう。実は彼女に多額の負債金額があって、それを支払うために仕方なく資産家と結婚したとか、そう言う裏事情があったのかもしれない。しかし作中にはそんな表現は一切無く、幼馴染の彼と出会うまでの彼女も決して不幸せではなかった。仕事でどれほど遅くなろうとも必ず帰ってくる旦那と、そんな彼との間に出来た子供。ささやかな幸せだったのかも知れないが、それでも幸せと呼べる家庭が、序盤では確かに描写されていたのだ。
俺には結局、不倫という不貞行為を美しい言葉で必死に肯定しようとしているようにしか見えなかった。なんて汚れた話だ。登場人物の二人も、失礼だがこの話を書いた作者も。
「なーに読んでんの?んな夢中になって」
不意に至近距離から声が聞こえて驚いて顔を上げると、いつの間にすぐ傍らまで来ていたのか、すぐ近くに陽介の横顔があった。
「なになに……、『これから先なにがあっても、君を離さないよ』ってなんじゃこりゃ」
そのまま、ページのちょうど真ん中辺りにある幼馴染のセリフを読み上げる。ご丁寧に、声色までそれっぽいものに変えられて。…陽介が口にすると裏にいかがわしい何かを感じてしまうのは何故なんだろうか。
「お前好きだよな、こういうドロドロした感じの恋愛小説」
「好きっていうか……、…好きなのかな」
誰かの不幸を土台にしながら幸せに浸る二人の話なんて胸糞悪くなるばかりで、読み終わった後に何かモヤモヤするものを引き摺るだけだ。それなのにこの種の恋愛小説ばかり読んでしまうのは…、やっぱり好きだからなのだろうか。
「あー、なんかあるよな。特に好き!ってわけでもねーのに、なんとなーく見ちゃうーみたいな」
「んー……そういうのとはなんか違うような…」
「ふーん…?…ま、それはともかく。ジャジャーン!」
仰々しい効果音を付けてなにを取り出してきたのかと思えば、数字がびっしりと書かれたノートだ。いささか落ち着きの無い言動から想像するよりは綺麗な字だったが、所々消し損ねたらしい字があるせいでどことなーく乱雑に見えてしまう。
「砂神せんせー、解けましたー!」
「ん、どれどれ……」
自力で解けたことに対する喜びではしゃぐ陽介からノートを受け取り、上から順番に目を通す。解く手順、使う方程式が間違っていないかどうかを確認してから、別冊になっている解説本で答え合わせをする。
「なんだ。やれば出来るじゃないか」
「伊達に参謀を名乗ってませんから!」
「あくまでも自称だけどな。あくまでも。」
「だから2回言うなっつーの!」
本気になれば参謀どころかリーダーだって出来るくらいの素質はありそうなものなのだが、余り誉めると調子に乗るばかりでいいことが無いので黙っておく。ここは取り敢えず貶しておくくらいが丁度良いだろう。…陽介ほど飴と鞭の使い分けが効果的な人間を、俺は他に知らない。


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