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炎症性のアルカディア
第二楽章
「……ぁ……ぅ……っ♪」


「……〜♪……」


どれくらいの時間がたったのか。最初は途切れ途切れに音を奏でることで精一杯だったのに、いつしかわたしは歌うことができるようになっていた。それが嬉しくて、楽しくて、わたしはずっと歌い続けた。



そして唐突に気付く。わたしの目の前に、誰かがいたのだ。

「……ぁ…?」
いつからそこにいたのだろう。うすぼんやりとした視界を凝らす。
白い……白い何かだった。ウサギのような長い耳を生やした頭部に……首から下は人間の形をしているように見える。そして人間の男の声で、気持ち良さそうに歌を歌っているのだ。


わたしの歌が途切れたことに気付いてか、ウサギが歌を止める。そしてこちらに近づいたのか、ぼやけた視界の中で白い塊が大きくなった。
「やぁ!やっと気付いてくれたんだね、アリス!」
ビクリと体が一歩下がる。

アリス、アリス。わたしはそんな名前だっただろうか。


服についた鈴飾りがチリンと音を立ててハッとする。
ああ、今はそんなことはどうだっていい。返事をしなくては。喋らなくては。
「あ……あ……」
声は、出なかった。

ああ、そうだ。そうだった。他人と話すことがあまりにも久しぶりすぎて忘れていた。わたしは、喋れないのだ。


わたしの頭の中では色んな考えや言葉がきちんと存在しているのに、ひとたび他人を前にすると、それらはわたしの頭の中からひらひらとどこかへ飛んでいってしまう。
言いたいことはあるのに、わたしの口から出るのは言葉ですらない音ばかり。
言いたいことは何だった?これはなんという言葉だった?
わたしの頭は白く渦巻くばかりだ。



「もう、いいよ」
そう言ったウサギの表情は分からない。
ああ、呆れられてしまっただろうか。嫌われただろうか。目の前にいる彼の言葉はきっと、脳からするりと落ち出てきているというのに。わたしは違う。わたしはおかしいのだ。そう、ずっと――

「大丈夫。無理に喋らなくってもいいんだよ。だから−ー」

「ね、歌を歌おう?」
ウサギは歌った。とても陽気で楽しい歌が、暗い部屋を満たしていくのを感じた。

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あきゅろす。
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