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実卓TRPG セルフ二次創作
ハートの形状A
とりあえずノックをしてみる。
……返事はない。

「癸、お邪魔してるよ」
涼のことを『癸』と呼ぶのはいつぶりだろうか。……と、いっても、下の名前で呼ぶことを許容されていなかったのだけれど。

扉越しに話しかけるがこれといった物音すら返ってはこなかった。
でも、いい。中にいることは確かなのだから。

「癸、今から俺が言うこと、馬鹿だって聞き流してくれてもいい」
「……すずみ、だよな」
そこで初めて部屋の中からそれと分かる反応が返る。
それは、そう。勢いよくベッドから起き上がったような。ギシ と軋んだバネの音だ。

「なぜ……知って――いや、この場合は何と言うんだ……覚えているのか、か…?」
聞こえてきたのは、記憶の中にある声よりも幾分高い、女の声。しかしその口調は確かに涼のものであった。

「覚えてる。俺は覚えてるよ。昨日まで確かに涼は男だった。……そう、だよね?」
「……」
「中に、入ってくれ」
聞こえるはずのない、息をのむ音が聞こえるような 間だった。

「いいのか?」
その問いに対するリアクションはない。
代わりというように、何が要因とも断定できない 胸の早打つ音が自分の耳の間近で鳴り続けていた。



返事を待たず、部屋のドアをそっと開ける。
部屋の主はすぐ見つかった。

……広い部屋の奥、ベッドの端に腰掛けた姿は明らかに女性のものだ。涼、なのだろう。
元から細身だった体は華奢といってもいいくらいに線が細くなっている。
俯いた顔からはいつもの威厳や鋭さといった印象はうかがえなかった。

彼女が確かに涼であると確かめたい。そんな衝動にかられ、一目に彼女の傍へと歩を進める。デリカシーだとか、そんな言葉は今俺の頭の中にはなかった。
傍に寄ったのが分かったのだろう。ビクリと肩を震わす姿は庇護欲をそそった。
しかし反応はそこまでで、すぐ傍に自分が立っているというのに涼がその顔を見せることはない。

焦れた俺はその場に膝を着き、見上げるようにして彼女の顔を覗き込んだ。
「み、っ!」
途端、頭を押さえつけられる。
「…っ見るな……。今……情けない顔を、しているから」

「……わかった。涼がそういうなら、見ないよ」
頭に乗せられた手を握る。ビク と震えたそれが俺の手を跳ねのけることはなかった。
暖かい。外の冷気で冷えた手がジワリと温まっていく。
……涼の手を握るのは初めてだったろうか。自分より幾分小さくなってしまったそれに少しだけ寂しさを感じた。

「……安心したんだ。名前を、呼ばれて」
「親も燕も、俺を知らない名前で呼ぶ」

「……もう誰も、俺の名前を呼んではくれないのだろうと思っていた」
目を合わせる代わりに、手を握る力を強める。

「涼は、涼だよ。どんな姿になっても、変わらない。でも涼がそれを受け入れられないなら……俺がずっと呼んであげるから。一緒にずっと覚えてるから」
「……っ」
耐えかねたように手が振りほどかれた。
嫌だったのだろうか。伝わらなかったのだろうか。動揺を気取られないように俯きの姿勢を崩さないでいた。
落ちた沈黙に、唇を噛む。

しかし次の瞬間 漏れ聞こえてきた嗚咽で、彼が泣いていることに気が付いた。
「顔は、見ないから」
そう宣言して立ち上がる。
驚いたような表情を一瞬だけとらえ、それを覆い隠すように彼の頭を胸に抱きこんだ。
一瞬身を固くした涼を、落ち着かせるようにその背をそっと撫でる。
そのまま子をあやすように単調な動作を続けていると、次第に涼から力が抜けてくるのが分かった。

抵抗されなかった。そう意識すると、少しだけ彼を抱いている腕の力が強まるのを感じた。

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あきゅろす。
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