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実卓TRPG セルフ二次創作
甘い誘惑(黒の少年:碧涼)

土曜日の学校には部活動のある生徒と顧問の教員、生徒会の者しかいない。
俺は部活動で朝早く学校に来ている生徒を横目に、目的地への歩を速めた。
生徒会長を引き継いで早1か月。

去年までの一年間補佐をしていたおかげで、おおよその業務は既に把握していた。しかし、実際に生徒会長となるとその重圧はまた違ってくる。やらなければいけないことは山積みだ。
しかし決して学業を疎かにはしてはいけない。自分は平凡な頭しか持っていないのだから。
澄んだ空から射す陽が、グラウンドから響く運動部の声が、睡眠不足を訴える脳には嫌に眩しくて辛い。


(早く生徒会室へ。早く。早く)
とにかく陽を、音を、遮るものが欲しかった。
周りからはどんどんと人の気配が薄くなる。足元を睨みつけるようにして歩く自分を気に留めるものが誰もいないことを涼は知っていた。
そしていつものように無人の部屋に籠るのだ。そう思っていた。

「……?」
誰もいないはずの生徒会室の扉に、上品なロゴの入った白い紙袋がかけられている。何の変哲のない無骨な取っ手が、今日は常にはない仕事を任されて華やいでいるように見えた。
「何だこれは」
危険物かもしれない、という考えは不思議と欠片も浮かばなかった。しかし不審物ではある。
誰かの忘れものが届けられたのだろうか? 確認のために袋の中を覗き込んだ。

中に入っていたのは一枚のカードとケーキ屋のものと思しき紙製の箱だった。
カードに添えられた言葉は『癸会長へ』――どうやらこれは自分への贈り物らしい。


「……」
カードを取り出すと ふわりと淡い菓子の匂いがした。裏を見るが差出人の名前はない。
表に書かれた字をしげしげと見つめる。その整った字にはどこか見覚えがあるような気もした。

何かしらの嫌がらせだろうか?
しかし箱にも開けられた形跡はない。店で買ったものならば怪しいものが混入していることもないだろう。
生徒会室に入り、やや警戒したまま箱を開ける。

「シュークリームか」  
中には大きめのシュークリームが二つ入っていた。つやつやとしたカスタードクリームが溢れんばかりに中央の裂け目から覗いている。
甘いものは好きだ。シュークリームも嫌いではないが、好物というほどではない。
2つ食べるには多すぎるそれを前に固まっているところに、バタンと扉が勢いよく開かれる音が響く。


思わずギョッとして箱を隠すが、音の主にはしっかりそれを見られていたらしい。
「えっ何それ何それ!すずみんがスイーツとか珍し〜!」
燕だ。予想外に早いその来訪に動揺してしまったが、見られて都合が悪いものでも何でもない。
「騒ぐな。要るなら一つやる」

今日は雪かな などと失礼なことを言いながら口の周りを白く汚していく燕を呆れ半分に眺める。これは一日揶揄われるだろうなと諦めて。




甘いものを食べながらだと仕事も捗るらしい。パソコンを触りながら、切り分けたシュークリームをフォークで刺す。
そんな俺が珍しく上機嫌に映ったのだろう。燕以外の生徒会のメンバーからも口々に「シュークリーム」「会長がシュークリーム」とざわついた声が漏れ聞こえる。いつもなら無駄口を叩くなと叱るところだが……聞こえないフリをすることにした。



*****



先週のあれは誰からの贈り物だったのだろうか。
自分を評価し、労わってくれるような人間がいるのだろうか。
……でもきっとそれも、何かの間違いや気まぐれに違いないのだ。

「すっずみーん!おはよー!今日も早いね!」
生徒会室前。今日は燕が待ち受けていた。……二週続けて珍しいこともあるものだ。
「おはよう。お前こそ今日は早すぎるんじゃないのか」
「ひどーいすずみん!人を遅刻魔みたいに!」

「はぁ、そうは言っていないだろう。悪かった悪かった」
一人という安息の時間は失われてしまったが、燕がいたらいたで気分を紛らわすには十分だ。
「で、どうしたんだ。今日は」
しばらく扱いが雑だと騒いでいた燕だったが、話を聞く姿勢を伝えると目を輝かせて食いついてきた。
「もっちろん僕は調査だよ!新聞部として当然だよね!」

「……調査だ?」
何か騒ぐような事件があっただろうか。首を捻る。
「んもう!すずみんだって気になってるでしょ?先週のシュークリームの犯人だよ!」
「犯人って……」
悪いことをしたわけでもないだろうに。しかし気になることは確かだ。


「僕が思うに、あれは高度な嫌がらせだね。すずみんを太らせようとか思ってる輩の仕業に違いないよ!」
「もしくはすずみんが甘いもの嫌いだって思ってるか〜。ね、どっちだと思う?」

「……お前は本当に失礼な奴だな。事実だとしてもそれは傷つくぞ」
流石にそれは考えもしなかった。
しかし可能性としてはあり得るのか?……自分がそれを、単純に自分への好意だと思いこんでいたことに腹が立つ。

「まあ事実だし? んで、そんなことを考えましてねー。犯人が今日も持ってくるんじゃないかって思って僕はこうして早起きしたわけですよ」

「……犯人の方が上手だったんだけどね」
不満げに口を尖らせた燕が白い袋を押し付けてくる。先週と同じ袋だ。
中を覗くと『癸会長へ』と軽やかな水色のインクで書かれたカードが見える。

「中身は多分、チーズケーキ。僕の鼻と胃袋がそう言ってる」
もちろん分けてくれるよね?燕の目はそう言っていた。



******



翌週の土曜日。その日も扉の前でいじける燕と白い袋に出迎えられた。

「この犯人しぶといよー。夏だよ?朝とはいえそんな早く持ってきたら痛んじゃうって思わないのかなー?」
今日のケーキはフルーツタルトだ。燕は自分用のフォークまで持ち込んで断りもなく1切れ食べている。毎度2切れ入っていることを見越してのことだろう。

「保冷剤が十二分に入ってるだろ。文句を言うなら食うな。これは俺宛てだ」
どうせ他にやるやつもいないとわかっているのだろう。燕は動じることなくニコニコしている。
「まあまあそういわないでさ。ケーキ代ってわけじゃないけど?ケーキショップとか疎いだろうすずみんの代わりに色々調べてあげたんだから」
「調べる?」

「だからね、このケーキをどこで買ったのか分かれば犯人も目星がつくんじゃないかって」
「ほう。聞いてやろう」
待ってましたとばかりに燕はペンとメモを取り出し、得意げに語りだした。

「1つ、このケーキショップは知る人ぞ知る人気店。でも値段はちょっと張るみたい」
「2つ、このあたりでそのショップがあるのは2か所。中央駅前と川沿いにある本店。駅前なら誰でも行きやすいから犯人は絞りにくいね」
「3つ、最初のあのシュークリームは本店にしか置いてないそうだよ」

「本店の詳しい場所は――」




生徒会の活動のあと、自分でもそこのケーキを買ってみようと思い立った。別に犯人を捜しに行くわけではない。
そもそも、そいつも今日はもう買い物を済ませているのだから、この時間にそこにいるとは考えづらい。

店のドアをくぐると、チリンと品のいい音が響く。
甘い匂いと華やかな店内に心が躍るのを感じた。
特に何を買おうと決まっているわけではない。何とはなしにガラスケースを覗き込む。


「あら、またいらっしゃったんですか?」
後ろから女性に話かけられた。
その内容から一瞬自分に向けられた言葉ではないとも思ったが、今このガラスケースの前にいるのは自分だけだ。

「……?」
訝しげに振り向くと、声の主も驚いたような表情をする。どうやらここの店員のようだ。
「あっ、すみません。人違いでした。ここによく来る子と同じ制服だったものですから」
「……いえ。構いません」
同じ制服。それだけでは可能性は薄いか? いや、しかし燕が言うにはここは学生が頻繁に来るとしてはやや値が張るらしい。

「あの」
ごゆっくり と言葉を残し、そそくさと立ち去ろうとする店員を呼び止める。
「えっ、あっ。何でしょうか」
心なし女性の顔が赤くなっている。
仕事中に邪魔をして怒らせてしまっただろうか。しかし元々話しかけてきたのはそちらだ。開き直ることにする。

「お仕事中に申し訳ないとは思うのですが。ここに、よく来るという俺と同じ制服の生徒の話を伺ってもいいでしょうか」



******



ガラスケースをのぞき込むそいつの腕をぐいと掴む。
「お前が犯人か。宝王」

「え……へっ?」
その間抜け面に、してやったりと思う。

「店員に……毎週この時間帯に来ると聞いた」
「嫌がらせか?残念だが俺は甘いものが好きだ。嫌がらせにはなりえん」
見つかってよかった。早くやめさせられてよかった。
「だからこんな手の込んだことは――」

「よかった。口に合ったんだな」
「は――?」
帰ってきたのは予想外の言葉と満面の笑みだった。


「毎週生徒会の活動お疲れ様。いや、最近疲れてるみたいだったからさ……」
「その、一年前みたいに倒れても……心配だし、さ」
ここのケーキは美味しいから食べたら元気が出るかなって……と口をまごつかせている様子に唖然とする。

「美味かっただろ? 最近顔色も良くなったし、安心してたんだ」
あのシュークリームの一件から、誰かに認められているような気がして喜んでいる自分がいた。
嫌がらせかもしれないと言われて認めたくない自分がいた。

駄目だ。絆されてはいけない。よりにもよって、こいつに。こいつだから。


「何故、毎回2切れも?……燕はこれは太らせるつもりだ、と騒いでいた」
「え?あ、そんな風にとられちゃってたのかぁ……。えっと、その……これはちょっと恥ずかしいから言うまいと思ってたんだけど……」

「言え」
はぐらかされると余計に気になる。知られて都合の悪いことでもあるのか、と意を込めて睨む。
「2人で一緒に食べれたらって思ったらつい2個買っちゃってて……でも流石に迷惑だろ? 分かってるんだけどさ、いつも2個買っちゃうんだよなぁ」
恥ずかしそうに頭をかく姿にふ と体の力が抜ける。
「そんなこと、だったのか」


「そんなことって言ったってなあ。俺だって色々思うところはあるんだよ!いきなりこんな差し入れとか気持ち悪いって思われるかも、とか――」
宝王が目を見開いてこちらを見ている。
物珍しさからだろう。……こいつの前で笑うなどいつぶりだろうか。
「そうだな。いつもの俺なら確かに突っぱねるだろう」
「だが今日の俺は機嫌がいい。ここのケーキに免じて許す」

「……少し待ってろ」
ふと思い立ち、レジへ進む。
宝王はポカンとしたままそこに立ちすくんでいた。

「ほら」
初日のそれと同じシュークリームを差し出す。この店限定の、俺も太鼓判を押す味だ。
「お前が何が好きなのかは知らない。でもシュークリームは食べられるんだろ?」
「それとも品のいい宝王家の坊ちゃまは、立ち食いはお気に召さないか?」
中々受け取らなかった宝王がその言葉を受けて慌てて受け取る姿が滑稽だった。


「帰るぞ。ああ、あと来週からはもうこういうのはいい。いらん気を回すな」
しゅんと眉を下げる姿に罪悪感を刺激される。ああ、そうじゃない。こうではない。
本当に言いたいことは――


「その、不本意だが、おかげで元気になった。感謝している」

偶には素直になってやっても、罰は当たらないはずだろう?
これはそう、ただの気まぐれ。甘味に惑わされただけなのだから。


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あきゅろす。
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