実卓TRPG セルフ二次創作
ハートの形状B
どのくらいそうしていただろうか。腕の中にいる涼が、唐突にトン と俺の腹を押した。
特に抗うこともせず腕を離す。もう充分、という意思表示なのだろうから。
「ちょっと待ってて」
と、一言告げて部屋を出る。
彼からの返事は期待していなかったが、「ああ」と小さな声が落とされたのを聞き取り思わず口角が上がった。
目指すは涼の母親のところだ。
階段を降りてすぐ、彼女の居場所は察せられる。キッチンから聞こえる流水の音と陽気な鼻歌に、皿洗いでもしているのだと見当がついた。
階段を降りる音に気が付いていたのだろう、俺がキッチンに入ると同時に彼女は鼻歌を止めて振り向いた。
「あらあらあら、どうだったかしら。りょうちゃんは迷惑をかけてない?」
「いえ、迷惑なんて。全然」
「あの、いきなりで申し訳ないんですけど……ホットタオルを作ってもらってもいいでしょうか」
その言葉で涼の現状に見当がついたのか、「ええ」と笑みを深くした。
手際よくホットタオルを作った彼女は、保温性の高そうな袋にそれを入れて手渡してくれる。
「ありがとうございます」
「いいえ、こちらこそありがとうね。あの子、昔から私にも泣いているとこなんて見せてくれない子だったから」
「いつのまにか、そんなとこを見せてもいい人を作れるようになってたのね……」
愛しそうとも、寂しそうともとれる表情だった。
「いえ、今回のことは……俺が事情を知っているからってだけで、そういうのじゃあ…」
そんな相手に選ばれるのなら、それはとても嬉しいことだけれど。そう続けていいものか分からず口をまごつかせる。
それに対し彼女はふふ、と笑みを漏らすと、「さあ、行ってあげて頂戴。タオルが冷めちゃう前に」と俺の背中を押した。
*****
「涼、入るね」
返事はやはりない。念のため、一呼吸分だけ間をおいて、ドアを開ける。
涼は俺が退室した時と同じ姿勢でそこにいた。
「これ、ホットタオル。おばさんに作ってもらってきた」
そう言って袋から出して渡す。
意図していることが分かったのだろう。無言で受け取った彼はそのままそれを目元に運んだ。
「……世話をかけた。すまない」
「ううん、いいんだよ。俺が勝手にやったことだから。今みたいな時くらい、人に甘えた方がいい」
「……ありがとう」
素直に感謝の言葉が返ってくるとは思わず瞠目する。こんな状況で不謹慎だと思うのに、何だか胸がくすぐったかった。
「いきなり女の子になって、不安だし、戸惑うことばっかりだよね。……その、俺じゃ本当の意味では分かってあげられないんだろうけど」
「……確かに戸惑いも大きい。分からないことだらけだ。でも何より……会社を、継げなくなったのが、堪えた」
「俺は何のために、今まで……」
絞り出すような声だった。悲鳴にも近いそれに、俺にはどう慰めればいいのかなんて分かるわけもなかった。
きっと、薄っぺらな言葉では届かないのだろう。
「……そうか。それは……辛いな。そのために今まで、頑張ってたんだもんな」
どうやったらその苦悩から解放してやれるんだろうか。それ以上は何も言うことができず、場には再び沈黙が訪れた。
「……宝王」
沈黙を破ったのは涼だった。
先ほどまでのか細いそれとは違う、固く緊張したような声。
どんな表情でそれを発しているのか気になり、見るなと言われたことも忘れて顔を見てしまう。
「恥を承知で頼む。今まで散々冷たく当たっていたのに、都合がいいと思う。俺を、……助けてくれ」
真っ直ぐ、俺を見ていた。
バチリと音が鳴るように交わった視線。今までではありえなかった、初めての感覚。
「ああ、涼の力になるよ。涼は涼だ。涼までそれを忘れたら、ダメだよ。元に戻れるまで、俺が隣でずっと涼って呼び続けるから」
俺からそれを逸らすなんて選択はありえなかった。
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