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実卓TRPG セルフ二次創作
修学旅行前(黒の少年:碧涼)




「涼!何で避けるんだっ」
袖を引かれ、そう聞かれたのはいつのことだったか。
思えばあの時が最初だった。それまでは俺がどんな態度をとろうとも、何も動揺などしないものと思っていた。


「……お前に答える必要があるか?」
俺の言葉にたじろく姿に胸を撫で下ろした。「ある」と答えられて困るのはこちらだったからだ。
その姿を目に映し続けることすら酷く億劫で、そのまま踵を返すことしかできなかった。

宝王との関係は、あの時から凍りついたように変わらない。……否、俺が変えさせなかったのだ。
今ではその切っ掛けすら曖昧なものになるほどの時間が流れてしまった。

「清々した」
わざと聞こえるように口をついた言葉は、本心からのものだったはずだ。


********



修学旅行を一ヶ月後に控えた頃だ。突然担任の安西に呼び出された。
生徒会の活動についてだろうか。それともクラスの活動についてだろうか。それとも俺への苦情でも来たのだろうか。
思い当たることはいくらでもあった。放課後に、と告げる担任に是と答える。

「癸くん、君に頼みたいことがあってね」
そうして呼び出されたその放課後。担任は「修学旅行のことなんだけど」とおおむね予想通りの言葉を吐いた。

「はい」
「癸くんは修学旅行のグループって、もう決めてるのかな?」
「いえ。私は班には属さず会計と生徒の警護、監視に回るつもりでいますが」
あらかじめ用意していた応えに、担任はうーんと呻き声を漏らしながら、額を片手で押さえる。

「ああ……いやあ、そういいのもありがたいんだけどね。そこはまぁ先生を立てて任せて欲しいんだ」
「やっぱりせっかくの修学旅行だしさ。生徒会にも生徒らしく楽しんで欲しいって言うか……」

「はあ」
「うん、あのね、単刀直入に言うと班には入って欲しいんだよね」
「……そう仰られるなら従いますが。しかし、もう粗方班のメンバーは決まっているのでは?」
班メンバー希望用紙の期限まではもう一週間もない。現に既にいくつかのグループからは用紙を受け取り済みだ。

「ああ。それは大丈夫、僕の方からある班に斡旋させてもらってね。そっちの許可はもらってるよ」
「はあ、……そうですか。その班のメンバーには誰が?」

その質問に担任は不自然に一呼吸を置いた。
嫌な予感はしていた。
「志犬、名取、小倉、あと宝王。……ちょっと問題児っていうか、個性的なメンバーだろう? 見張りというか、そういうのをお願いしたいんだよね」

志犬、底抜けに明るくて煩いが嘘のつけない善良な生徒だ。名取は優等生と見せかけて腹の内を見せないところがあるが、別に悪い奴じゃない。小倉は見た目こそ変わっているが普通の生徒だ。宝王は――
「…………宝王がいるなら、私は必要ないのでは? 彼で充分に抑止力に成り得るかと」
そうだ、あいつがいつなら俺は必要ない。口うるさいだけの生徒会長よりよっぽどいい人材ではないか。

「うーん、最初は確かにそう思ったんだけど、彼は彼で流されやすいというか、ノリが良すぎるというか……回りの子に引っ張って行かれそうだと飯塚くんが――」
「燕が?」
「あっ、うん!?あっ……いや、何でもないよ!飯塚くんの助言とかじゃないからね!」


「…………」
燕のお節介が教師までもを絡めとっていた。あいつにかかれば誰もが操り人形のように思い通りになってしまうらしい。それも俺にとって悪い方に、だ。
深くため息が漏れる。

「僕が単純に君を信頼して頼んでるだけだよ。一応、僕も君たちからなるべく離れないようにするしさ」
「…………分かりました。引き受けましょう」
既に決定事項になっているものをねじ曲げるほど非常識に成りきれない、自分のいかに凡夫か。周りからの評判とはまるで正反対だ、と頭痛が増した。



*******




「涼! お前が俺たちのグループに入ってくれるって聞いたんだけど!」
担任から解放され自分の教室に戻ると、待ち受けたようにそこには宝王が一人で残っていた。実際待っていたのだろう。そういうやつなのだ。

「……ああ、そうだ。監視目的でだがな」
「はは、監視か。手厳しいなぁ」
苦言という体をとりつつも、その口調も、表情も、喜びを隠しきれていない。
「でもそれでも嬉しい!一緒に色々見て回ろうな!」

「…………」
嘘も裏も何もない。その視線にめまいがした。

ああ、そうだ。その目だ。
久しぶりに真っ正面から見たその目。
それを意識した途端、宝王の言葉は頭に入っていかず耳の上を滑る。

お前なら……<宝王>なら、俺と同じものを見てきたはずだ。俺と同じように、その目も濁っていくのだと思っていた。
昔は、いつ濁ってしまうのかと……よく見ていた。心配していたんだと、今にして思う。

しかしお前の目は濁らなかった。
なぜあの汚い世界を知りながら、真っ直ぐ前を見ていられるのか。事実を受け入れられない馬鹿なのか、それとも真っ直ぐであると偽っているか。腹立たしいことに頭の出来がいいお前は後者なのだろうと、そう思った。
被った仮面で得た好意すら武器に変えてやろうという魂胆だったら、そいつはとんでもない腹黒だ。と。
なんて器用でふてぶてしいのか。そういうやつこそ、こういう世界で生きていくのに適してるんだろう。俺なんかより、よっぽど。

人は簡単に裏切る。お前に万が一にも少しでも好意を持って、その好意を利用し搾取されるだけの人間にされるのは嫌だった。
……それが最初に遠ざけようとしたきっかけだ。

溢れ出る思考を抑えようと眉間に手をやるがまるで効果はなかった。


「今ではその不細工な顔すら不快だ。さっさと俺の視界から消えろ」
最後の独白は意図せず口から溢れ出ていたらしい。

彼は、宝王は、酷く傷ついたような顔をした。とんだ逆恨みだ。今度こそ失望されただろう。失望するべきだ。
俺はまた、逃げるように宝王の視界から去ることしか出来ないのだから。


ああ、だから修学旅行になど行きたくなかった。仕事だけを、俺の視界に映し続けてくれればよかったのに。

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