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鵠のうたう歌
6

 香はぎゅっと手を握り締めると、再び豊彦に声をかけた。

 ──……すぐに鳶が戻ってくる。立つんだ、豊彦。

 香の声の硬さに気づいたのか、豊彦は顔を上げて香を見た。

 ──……香。お前は悲しくないのかよ。家族は皆死んでしまったのに、俺はそんなすぐに立ち直れないよ。辛くて苦しくて、胸が潰れたみたいに痛いんだ。
 ──……俺だってそうだよ。きっと鳶だってそうだと思う。でも、ここでずっと泣いていたってどうしようもないだろ。

 何もないここにいても、待っているのは死だけだ。

 ──……でも、

 まだ何か言おうとする豊彦に、香は黙って手を差し出した。

 ──香……

 豊彦はその手を見つめる。

 遠くで鳶の声がした。ふたりの名を呼んでいる。

 ──行こう。
 ──……うん。

 豊彦の手を取って立たせると、香は鳶が待っている場所へと足を向けた。



 一日かけて瑞光寺(ずいこうじ)に辿りついた頃には、陽はすっかり沈んで、辺りは真っ暗になっていた。

 門をくぐると、あちこちに篝火が焚かれ、たくさんの人が忙しくなく行き来している。それはほとんどが、自分たちと同じ年頃の者から中年くらいの者までの男たちで、なおかつ明らかに僧侶ではないのだった。

 騒がしい境内に目を丸くしていた三人だったが、男たちの中に墨染めの衣を着た僧侶の姿を見つけた鳶が彼の元へと走っていく。香と豊彦もその後に続いた。

 ──あの、すみません。

 鳶が声をかけると、僧侶は足を止めて振り返った。彼は三人の出で立ちを見て、

 ──おや、もしかしてお前たちもここに働きに来たのかい?今日はやけにそういう者が多いね。さっきも三人ほど、そう言ってきた者がいたよ。
 ──……え?

 何の話かわからず戸惑う鳶だったが、僧侶はその戸惑いの理由を別の意味で解釈したらしい。ふっと笑い声をもらすと、鳶の肩をぽんぽんと叩いた。

 ──そう困った顔をしなくも大丈夫だ。仕事はいくらでもある。まだまだ人手が欲しいと思っていたのだよ。だから安心なさい。
 ──……はあ、

 とりあえず頷いては見たものの、鳶は香たちを振り返って目を合わせる。

 どうしたものかと肩をすくめあっていると、少し離れたところに隣村に行ったはずの大人たちがいることに気づいた。

 ──あっ!

 驚いた香が大声を上げると、大人たちも香たちに気づいたようだ。

 ──おじさんたちどうしてここに?

 香が駆け寄って尋ねると、彼らは顔を見合わせた。

 ──それがなあ、隣村に行ったんだが、そこでこの寺の話を聞いてな。なんでも大々的に寺の修造をするとかで、働き手を探しているという話じゃないか。飯もちゃんと用意してくれるようだし、それなら俺たちも行ってみようかということになったんだよ。

 香は鳶と豊彦のもとに戻ると、今聞いた話をふたりにも話した。

 ──そうだったのか。それなら、わざわざ叡達って坊さんに会わなくても大丈夫そうだな。

 鳶がそう言うと、まだその場にいた僧侶は、ん?と顔をこちらに向けた。

 ──なんだ、お前たち私に会いに来たのか?

 と、言ったので、それこそ三人は飛び上がらんばかり驚いた。

 それから香たちは、事情を話して寺で働かせもらえることになった。仕事の内容は主に木材の運搬などの力仕事や寺の雑用だと聞いた。

 叡達はそれらのことを丁寧に話して聞かせながら、三人を寺の隅にある小屋まで案内する。そこは香たちのような働き手が住んでいて、いくつも小屋が建ち並んでいた。

 叡達はその中のひとつに入っていくと、中の者となにやら話している。しばらく外で待っていると、入ってきなさいという声が掛かって、香たちは顔を見合わせると、やや緊張した面持ちでなかに入った。

 するとそこには、灯明の淡い光に照らされて、叡達と三つの人影があった。

 ──お前たちにはここで彼らと一緒に暮らしてもらうことになる。

 そう言うと、叡達は隣に座っていた人影から順に紹介し始めた。

 ──この小さいのが鈍(にび)だ。この中では最年少になるだろう。

 鈍は人懐っこい笑みを浮かべた。香より三つ下の十一歳だという。

 ──そして、その隣にいるのが茨黄(しおう)と蘇芳(すおう)だ。このふたりは顔形が瓜二つの双子の兄弟だ。

 叡達の言うとおり、そっくりの姿をした二人がこちらを睨むように見返してきた。彼らは十三歳らしい。

 ──それでは、明日から働いてもらうからな。今日はもう寝なさい。

 叡達はそれだけ言って灯明を消すと、小屋を出ていった。残された六人は無言のまま、とりあえず寝ることにした。



 それからの毎日は朝から晩までくたくたになるまで働いた。小屋に帰ってくれば倒れるように眠り、日が昇ると同時に動きだす。その繰り返しの日々は、はじめは辛かったが体が慣れてくると充実したものとなっていった。

 そして、毎日が忙しいおかげで村のことを思い出さないですんだことは、なによりの救いだった。

 気づけば、瑞光寺に来てからすでに三ヶ月も経っていた。

 鈍たちとも今ではすっかり打ち解けている。鈍も、茨黄と蘇芳も、村は違ったがそれぞれ戦や疫病で親を亡くしていたのだった。

 似たような境遇から親近感を抱き、よく話をするようになって、今では大人たちに本当の兄弟のようだとからかわれるくらい、はたから見ても六人は仲が良さそうに見えた。

 ──ねえねえ、香。
 ──なんだ?

 昼食のときだった。いつものように六人でかたまって食べていると、鈍が衣の裾を引っ張ってきた。

 ──親方が、このあと鉋(かんな)掛けするところを見せてくれるっていうんだけど、香も一緒に行かない?
 ──いいけど、なんでわざわざ鉋掛けするところなんて見たいんだ?

 鉋掛けなどそこらへんでいくらでもやっている。香が不思議そうな顔をすると、鈍は頬を膨らます。

 ──そりゃあもちろん親方の技術が一番だからに決まってるじゃないか。

 そう言って口を尖らせたが、すぐにいつもの笑顔に戻る。

 ──俺、大人になったら親方みたいな工人になりたいんだ。だから、今から親方に弟子入りして早く技術を身につけたいって思って。
 ──へえ、お前そんなこと考えてたのか。
 ──うん、まあね。

 話を聞いていた豊彦も少し驚いた顔で言った。

 ──俺なんて先のことなんか、そのうち嫁さんを貰って米作って子供育ててってくらいにしか考えてなかったよ。
 ──普通はそんな感じだよな。

 香も漠然とそう思っていた。

 ──俺は嫌だね、そんな人生。まじめにあくせく働いても米は領主様にもっていかれるし、それでなくても飢饉なんかが起こったら真っ先に死ぬのは俺たち農民なんだぜ。やってられるか。

 と皮肉たっぷりに言ったのが、双子の片割れの茨黄だった。最近では双子の見分け方もだいぶわかってきた。今みたいに皮肉な物言いをするのが茨黄で、極端に無口なのが蘇芳だ。

 ──じゃあ、そういうお前は将来何をするつもりなんだよ。

 豊彦がむっとしながら言うと、茨黄は蘇芳と目配せしあって、ふふんと笑う。

 ──そりゃ、もちろん商人だよ。たまにこの寺に出入りしてる奴らを見るけど、どいつも羽振りがよさそうだもんな。
 ──でも、商人なんて誰でも成功するわけじゃないだろ?
 ──それはそうだけど、やってみないとわからないだろ。
 ──失敗してからじゃ遅いと思うけどね。



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