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鵠のうたう歌
15


 図書館に着くと、さっそくそれぞれ手分けをして資料を探した。関係のありそうな本を片っ端から持ってくると、空いている席に座って順にそれらを見て行く。

「やっぱり、前に言った深川山の《五人塚》って香たちのことだったんだな。──ほら、ここをみてくれ」

 涼が本を差し出す。

 そこには前に見た資料よりも詳しく、その伝承が載っていた。それによれば、敵方の間者だった少年五人がその罪によって深川山で処刑される。その五人の遺体を山中に葬ったが、それ以後その場を通りかかるとたびたび怪異が起こったらしい。それを少年たちの祟りだと思った人々は、そこに塚を建て、少年たちの霊を鎮めたという。

「……祟りか」

 夢で見ただけだったが、知っている人達がそんな風に書かれているのは、やっぱり寂しい。

「……あんまり書いてあることを真に受けるなよ。伝承なんて大抵は嘘ばっかりなんだからさ」
「そうだね」

 頷いて、本を返す。

「──それよりも俺は、最期に香が泉に落ちたことのほうが気になってるんだ」

 瑞乃は何度も瞬きをして涼を見つめた。

「どういうこと?」

「香以外の四人は逃げたあと、また捕まって殺された。塚が深川山にあることから考えても彼等は深川山を抜け出す前に捕まってしまったんだろう。だけど、香は深川村の近くまで逃げている。佐伯と出くわした後はやみくもに走っているけど、普通に考えて深川山には戻らないだろう?」

「──そうね」
「香が最終的に辿り着いた泉ってどこだったんだろうな?」
「……さあ?」

 瑞乃が首を傾げると、涼は古い地図を取り出した。

「それは?」
「江戸時代に描かれた地図。さすがにこれ以上古いものはここにはないから」

 そう言って涼は、深川山周辺が描かれた頁を開く。さっと目を通していくと、泉はすぐに見つかった。それを現在の地図と照らし合わせると──

「──あっ!涼くん、ここ……」

 瑞乃が驚きの声をあげる。

「……やっぱり、そうだったんだ」

 涼もつぶやく。

 ──その場所とは、《雨宿りの木》がある例の公園だった。今は泉などなかったが、江戸時代の地図に載っていたところをみると、泉はおそらく近代に入ってから涸れてしまったのだろう。

「そうなると、《五人塚》っておかしくないか?」
「……え?」
「──香はこの泉で死んだ。兵士たちはその遺体をわざわざ泉から引き上げて、わざわざ深川山まで運んだ……何のために?」

 言われてみれば、確かに変な気もする。

「泉から塚まで一体何キロあると思う?たぶん、十キロはあると思うよ。たとえ馬を使ったとしてもどうしてわざわざそんなことをする必要があるんだ」
「……ほら、昔は顔で本人かどうか確認してたんでしょ?それでじゃないの?」
「それなら首だけ持っていけばいい」
「そっか……」
「なんだってそんな意味のないことを……?」

 涼は考え込むように、黙り込んでしまう。

 瑞乃は再び自分の作業にもどる。今調べている本は、久谷家とその周辺地域の有力な大名に関する研究書だった。そこには義隆から義久までの簡単な経歴も載っている。

 久谷義久 (1412―1429)義隆の第二子。
「──豊彦も十七歳で亡くなったの……?」
「……え?」

 涼が手もとの本に向けていた視線をはたと上げる。

「豊彦って確か戦で死んだんだよな……?」

 以前調べた本にはそう書いてあった。しかし──

「待って、ここにはそう書いてないよ。逃亡した賊を追っている途中、崖から落ちて命を落としたって……」
「なんだって?」

 さらに本を詳しく読んでみると、その賊というのがどうも香たちのことを示しているようだった。

 涼は少しの間、沈黙する。瑞乃も黙ってその横顔を見つめた。ややあって、涼はいくぶん声を落として言った。

「……もしかして香が死んだ後すぐ、豊彦も殺されたんじゃないのか?」
「……どういうこと?」

「だって変じゃないか。瑞乃の見た夢によると、豊彦が香のもとに辿り着いたときは、香以外はみんなもう死んでいたんだ。そして最後の香が死んで、あとは一体誰を探すっていうんだ?」

「それもそうね……」
「──これはまだ確かめてないからわからないけど、豊彦が死んだ後、久谷家は滅んで領主が変わっただろ?」
「うん、確か有賀廣成って人が……」
「その有賀ってやつ、実は佐伯なんじゃないのか?あいつの名前も確か広成だったはず……」
「そんな……考えすぎじゃないの?」

 涼は立ち上がると、分厚い歴史事典を持ってくる。そして、有賀廣成の頁を開いて目を通す。

「……やっぱり、そうだったんだ。ほら、ここ。──有賀廣成。旧名佐伯広成。領主になった際に改名。有賀廣成と名乗る」

 涼は事典を閉じると、考え考え話しはじめる。

「つまり、こういうことじゃないのか。──佐伯は前々から領主の座を狙っていた。その頃ちょうど跡継ぎの義盛が死んでしめたと思ったところに、豊彦の存在が明らかになる。豊彦が領主になってさらに子でもなそうものなら、佐伯の野望は消えてしまう。そこで豊彦を亡き者にしようとした……」

「それじゃあ、香たちはどうして……?」

「さすがに堂々と主君を殺すのはまずいだろ?そこで、香たちを罪人にしたてたんだ。香たちが罪人として処刑されるとなれば、豊彦は必ずそれを止めにくる。佐伯はそんな豊彦の気持ちを利用して、まんまと深川山に誘き出して殺したんだ。そしてその罪を香たちになすりつければ、誰にも咎められることはない」

「そんな──!」

 そんな下らない事のために、香たちも豊彦も死んだというのか。

 佐伯の卑劣なやり方に、瑞乃の肩は怒りで震えた。それと同時に香の最期を思い出して涙がでる。悔しかった。佐伯なんかのために、香たちの仲は引き裂かれ、命まで奪われてしまうなんて──

 うつむいて涙を拭う瑞乃の頭に、涼の手がなだめるように置かれた。気遣ってくれている。それが伝わってきて、落ち着くことができた。

 瑞乃が平静を取りもどしたと見て取ると、涼は手を引っ込める。

「──《五人塚》か。もしかして、その塚に葬られたのって鳶たち四人と豊彦なんじゃないか……?」
「……え?」
「だって、考えてもみろよ。もし俺の言ったことが本当なら、香が死んだのを見た豊彦は深川山の佐伯のもとへ行ったはずだ。そこで佐伯は豊彦を殺す。だけど、佐伯にも誤算があったんだ」

「……誤算?」
「──そう。豊彦は本当は香たちが死ぬ前に佐伯のもとにきてなければならなかったんだ。でないと、香たちが死んだ後に豊彦が死んだら一体誰に殺されたんだってことになるだろ?だから急遽、城に帰る途中に道を誤って崖から落ちたとでも言ったんじゃないか?それで死体を隠すために、豊彦を香と偽って鳶たちと一緒に葬らせたんだ」



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