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鵠のうたう歌
13

 取り押さえられたまま、香は佐伯を見上げる。佐伯は馬から降りると、兵の差し出した文をちらりと見て、情の欠片もない冷徹な瞳で五人を見渡した。

 ──決定的な証拠だな。こんなものを持っていては言い訳のしようもあるまい。
 ──だから、俺たちは城のやつに頼まれただけだって言ってるだろっ!

 鈍が叫ぶが、佐伯は嘲笑する。

 ──伝令でもそう聞いて城中を調べたさ。もちろん、そんな裏切り者はいなかったがな。
 ──そんなはずはないっ!あいつはいつも城の中にいた。俺は何度も見かけたし、頼まれ事をされるのはいつも城の中でだったっ!
 ──……いつも?ほう、それでは過去何度も文を持っていったことがあるのだな。
 ──……あ………

 佐伯はにやりと笑った。

 ──……はめられたな。

 鳶が押し殺した声で言った。

 ──俺たちはまんまと敵の手の内で踊らされていたんだ。
 ──敵って……?

 急に鳶が口をつぐむ。どうしたのかと思えば、佐伯がこちらを見ていた。

 ──何を話している?逃げる算段でもしていたか?
 ──……まずは俺が飛び出す。その間にお前は他の奴等を連れて逃げろ。

 素早くそう言うと、鳶は身体を押さえている男のふいをついて殴り倒す。さっと刀を抜くと、鈍を押さえつけていた兵に切りかかった。

 鳶の急襲に驚いた兵が押さえている力を緩める。その隙に香は相手に足払いをかけてその手から抜け出すと、同様に兵の手を逃れた茨黄と蘇芳も刀を抜く。

 ──ここはばらばらに逃げたほうがいいかもな。
茨黄がそう言って駆け出す。蘇芳もその後に続いた。
確かにその方がいいかもしれない。鈍が無事に逃げだしたのを確認すると、香は鳶を振り返る。
 ──鳶っ!
 ──お前は先に行けっ!俺は少しでもこいつらを足止めする──!

 鳶は叫ぶと、切りかかってきた兵を迎え撃つ。

 そういえば、ここは深川村の近くだったことを思い出す。香は鳶の背中に叫ぶ。

 ──鳶、例の洞窟で待ってるからっ!絶対に来いよっ!

 鳶が頷くのが見えた。

 ……その後は振り返らずにただひたすら走った。

 今のところ追っ手の姿は見えない。鳶は、他のみんなはどうなったのだろう。

 そして、かつての深川村の近くまでくると、香は裏山を駆け登った。そして目的の洞窟に辿り着くと、転がり込むようにして中に入り、荒い息を静めた。

 そこはかつて村が落ち武者に襲われたときに逃げ込んだ場所だった。

 ──みんな無事だよな……?大丈夫だよな……?

 ひとりでいると恐ろしい想像ばかりが頭をよぎる。香はそれを必死に振り払っては、膝を抱え込んで不安になる気持ちをやり過ごした。

 やがて夜になったが、鳶はまだ来ない。鈍や茨黄と蘇芳のことも気になった。

 本当はここを動かないほうがいいのだろう。だけどこれ以上じっとしていることはできなかった。
 
 香は洞窟を抜け出して皆を探し始めた───

 しかし、裏山を降りてすぐに、最悪の人物と出くわしてしまう。

 ……佐伯だった。

 彼は香の姿に目を止めると、馬を降りて、じつに愉快そうに笑った。
 

 ──ようやく最後の一人のお出ましか。探したぞ。
佐伯の言葉に心臓が跳ねた。
 ──さい、ご……?それじゃあ、他の皆は………?

 動揺する香に、佐伯は無情に告げる。

 ──死んだよ。
 ──嘘……だろ?
 ──本当だ。
 ──どうして……
 ──そういう命令が出たからな。

 佐伯はゆっくり歩を進めながら、にたりと笑った。

 ──義久様の命だ。
 ──嘘だ……どうして豊彦が……?
 ──お前たちの裏切りがよほど許せなかったのだろう。
 ──俺たちは裏切ってなどいない。

 叫ぶと、佐伯はいっそう笑みを深くした。

 ──……ああ、そうかもな。

 香はにたにた笑う佐伯を見据える。

 ──だが、そんなことはどうでもよかったのかもしれないぞ。
 ──……どういう意味だ。
 ──義久様はお前たちに消えて欲しかったのだよ。
 ──………
 ──義久様は久谷家当主の血を引くお方。所詮、お前たちのようなどこの馬の骨とも知れぬ下賤の者などいらなくなったのだ。

 ──………
 ──いつか私にこう洩らしておられた……あやつらはいつまでも子供の頃の話を持ち出しては、馴れ馴れしく肩なぞ叩いて、いったい何様のつもりなのかと……
 ──………
 ──こうも申しておられたな……おのれの出自の卑しさを久谷の血を引く私とともにいることで、忘れようとでもしているのかとね……!
 ──……うそだっ!

 堪らず香が叫ぶと、佐伯はゆっくり刀を抜いた。

 ──嘘なものか。その証拠に最近ではちっともお前たちに会おうとなさらないじゃないか。
 ──……うそだ。
 ──……我等にとってお前たちは目障りなだけ。……いずれはこうなっていたのだ。あとはそれが遅いか早いかの違いだけだ。

 そう言って、佐伯は刀を振り下ろした。とっさに抜いた刀で受け止めるが、巧く力が入らない。じりじりと力負けし、大きく後ろに弾き飛ばされる。すぐに身体を起こすと、香はさっと周囲を見渡した。佐伯の他に敵はいない。

 すると、香は身を翻して走り出した。背後から佐伯の声が追ってくる。

 ──もうじき義久様がいらっしゃる。せめてもの情けでその前に死なせてやろうと思ったのだがな……!

 香はその声を無視すると、刀を抜いたまま走り続けた。


 +++++


 瑞乃はぱっと目を開けた。

 香の夢は急展開を迎えていた。心臓が不安でどきどき鳴っている。

 豊彦が裏切ったの……?

 信じられなかった。

 ──再び、眠りに落ちたとき、またしても香の夢を見た。


 +++++


 もうどのくらい走ったのかわからない。ここがどこかもわからなかった。ただやみくもに走って走って、ここにいた。



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