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鵠のうたう歌
12

 ──……だって、俺、香や鳶がいなくなるのは嫌なんだ!せっかく家族みたいになれたのに、また失うなんてもう嫌だ……
 ──………

 そう言われると、香には何も言えなかった。香だって家族を失ったときの痛みは今でも忘れられない。それをもう一度味わうのは……耐えられなかった。

 ──……鳶、どうする……?

 香が問うと、ため息が聞こえた。

 ──この様子じゃ、駄目だと言っても勝手についてきそうだな……
 ──当たり前。絶対になにがなんでもついていくからね。

 鈍が勢いづいて答える。

 ──……しかたないな。

 鳶がため息まじりに言うと、こちらも寝ていなかったのか、双子もむくりと起き上がった。

 ──それじゃあ、俺らもついていってやるか。こいつらだけだとあっさりやられそうだし。なあ、蘇芳?
 ──……茨黄がそういうなら俺はいいよ。
 ──じゃあ、決まりな。

 と、勝手に二人も行くことに決めてしまった。

 ──茨黄に蘇芳、お前たちもこの国の者じゃないに……いいのか?
 ──香ってさ、なんでそんなに確認したがるわけ?俺たちがいいって言ってんだから、いいんだよ。な、蘇芳?
 ──うん……

 こうまで言われると、さすがに苦笑してしまう。

 ──悪かったな、確認したがりで。
 ──まったく勘弁して欲しいね。さっ、俺はもう寝よ。明日にはここを出るんだろ?寝不足で足元がふらふらして城まで辿りつけなかったら、それこそ良い笑い者だぜ。

 それに鳶が頷いた。

 ──まったくだな。
 ──これでみんな一緒にいられるね。城に着いたら豊彦にも会えるかな?そうしたら、また昔みたいに六人揃うね。
 ──そう、だな……

 ……豊彦………
 本当に、会えるのだろうか。

 香はぼんやりと今はなき村で遊んだ頃の豊彦の笑顔を思い出していた。


 +++++


 この日も図書館で閉館時間まで粘ったが、結局有力な資料は見つからなかった。

「明日はもっとがんばらないと」

 瑞乃は今日の出来事を思い返して反省すると、ベッドにもぐり込む。

 すると、ちょこんと座っていた紫苑がぴょんとベッドの上に飛び乗り、小さな四つの足で布団の上をぽてぽて歩いて、お決まりの位置に来ると丸くなった。

「おやすみ、紫苑」

 丸い背中を一撫でして、電気を消して瑞乃も眠る。

 ──今夜もまた香の夢を見る。


 +++++


 どうしてこんなことになったのだろう。

 香は目の前の光景に呆然としながら、何度も心の中でつぶやいた言葉をまたつぶやいた。

 どうしてこんなことに……?

 隣にいた鈍が自分たちを取り囲む兵を見回しながら、怯えた顔で香を見上げる。

 ──なに、どうなってるの?
 ──………

 香にも答えられない。よりによって、どうして味方の兵士に取り囲まれて刀を向けられているのか。わけがわからない。何か重大なへまでもしてしまったのだろうか。

 香はここ二月の自分たちの行動を思い返した──

 達しがきた後、五人は世話になった叡達と住職に別れを告げて、久谷の城へと向かった。三日掛かって到着すると、五人は城のそばに設営された陣地に連れていかれて、合戦が起こるまではこの場で待機しているようにと言われた。

 そこには粗末な小屋がいくつも建てられ、多くの兵が寝起きしていた。いくつか他の要所となる場所にもこういった陣地はあり、それぞれ徴兵された男たちが振り分けられているとのことだった。

 陣地では豊彦に会うことはなかった。

 しかし、思わぬことから香は豊彦と再会することになる。

 それは香たちが他の兵と雑談していたときだ。自分の出身の村の話からはじまり、徴兵される直前の最近の暮らしぶりまで話がおよんだときだった。

 香たちが瑞光寺で修繕の仕事に携わっていたことを話していると、たまたまその場にいた城の者がその話を聞いていたらしい。男は香たちのもとへやってくると、城の傷んだ箇所を修繕して欲しいと頼んできたのだった。

 それからは、合戦のない平時は城の修繕をして過ごした。そうなれば自然と豊彦と会う確率は高まる。案の定、二年ぶりに再会をはたした六人は喜びあったのだった。

 しかし、豊彦はいまや領主なのだ。佐伯などは豊彦が香たちと会うのを良く思っていないようで、六人が一緒にいるのを見ると決まって顔をしかめて、豊彦を呼び戻すのだった。

 だからだろうか、次第に豊彦は五人の前に姿を見せなくなっていった。たまに見かけても佐伯に急かされるように連れていかれ、最近ではその姿すら見かけることはなくなった。

 そんな時だ。城の者から文と補給物資を届けて欲しいと頼まれたのは。急ぎ伝えることがあるので、深川山の砦まで行ってきてくれと言われたのだ。その際、絶対に誰にも文の中身は見せるなと念を押された。

 このような頼まれ事はよくあったので、五人は文と補給物資を持って出掛けた。そして、深川山の麓まで来たとき、突然兵に取り囲まれたのだった───

 ──お前たち待て!何の用があってここに来た!
 ──俺たちは城の者から文と荷物を預かってきた。

 鳶が兵士にそう言うと、彼等は一瞬顔を見合わせて、乱暴に荷物を取り上げた。

 ──中の物を確認する。文も出せ。
 ──誰にも見せてはならないと言われています。
 ──なぜだ、それは我等に届ける文であろう。
 ──しかし、誰にも見せるなときつく言われています。
 ──それはおかしな話ではないか。なぜ、味方同士で文の内容を隠す必要がある?
 ──それは……

 さすがの鳶も返答に詰まる。そのように言われたのだとしか、いいようがない。その様子に兵士はますます不審を募らせたようだった。

 ──お前たち……怪しいな。おい!こやつらを捕らえよ。文を探せ!

 抵抗する間もなく、香たちは取り押さえられて文も奪われてしまった。

 そして、さらに追い討ちを掛けるように、文を見た兵士が顔色を変えた。

 ──お前たち……やはり間者だったのだな……! 
 ──……え?

 思わずそう声を漏らしていた。

 間者……?
 どういうことだ?

 ──ここに『二日後、真賢木(まさかぎ)の森で戦を起こす。敵方がそちらに気を取られている隙に砦に火を放て』とあるではないかっ!

 真賢木の森とは深川山の正反対にある森だった。そこで戦が起きれば、兵の大半は森へ集結するだろう。そのすきに深川山の砦までも落とされれば、敵は城へと一息に攻め込んでくる。その光景を思い浮かべただけで、ぞっとした。

 でも、どうしてそんな内容の文を城の者が……?

 答えはひとつだ。──香たちに文を託した者こそが、本当の間者なのだ。

 そのことを必死に兵たちに伝えたが、彼等は聞く耳を持たない。

 この事態はすぐに城にも伝達され、それを受けて佐伯がやってきた。



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