鵠のうたう歌 11 「これは瑞光寺の資料。この寺についてはインターネットで調べたんだけど、すぐに見つかった。どうも隣の絹多町に戦前まで実際にあったらしい。さすがに住職の円親や叡達の名前を見つけることはできなかったけど、室町時代中期に一度大掛かりな改修工事をしているんだ。義隆は室町時代の武将だ。時期もあっている」 「それって夢の話と同じ……」 ここまで一致すると、もう疑う余地はない。 「うん。──これで、瑞乃の夢は香の記憶なんだってことがはっきりしたな」 「……そうだね」 そうかもしれないと思ってはいたが、こうして実際に史実と照らし合わせてみると、あらためて自分の見た夢の不思議さが実感できた。 「昨日調べられたのはここまで。今日は、もう少し久谷家について調べてみようと思ってるんだけど……瑞乃?大丈夫か、ぼうっとして」 顔を覗きこまれて我に返る。 「いつもぼうっとしてる涼くんに、こんなことを言われる日が来るとは……!」 そう言ってちゃかすと、涼は拗ねたような顔をする。 「……悪かったな、いつもぼーっとしてて」 「悪いなんて言ってないじゃん。ほら、拗ねない拗ねない」 瑞乃は笑って涼の肩を叩く。 「別に拗ねてない」 と、あきらかに拗ねた声を出している涼だったが、ふと何かを思い出したように鞄の中をごそごそ探りはじめる。 「もうひとつ資料があったんだ」 そう言って、紙を取り出したが、 「……からかうんなら見せないぞ」 と念を押された。 「う……、ごめんなさい」 素直に謝ると、涼は笑みを浮かべる。 その笑顔を見て、瑞乃もにっこりした。今日の涼は拗ねたり笑ったりと、なんだかとてもかわいい。でもそんなことを言ったらまた拗ねてしまいそうなので黙っておく。 「……ほら、これだよ。深川山にある《五人塚》って知ってるか?」 「ううん、知らない」 「香たちとの関係があるかはわからないけど、五人ってとこがなんとなく気になってさ。──豊彦が連れていかれてから、香たちは五人になっただろ?それにこの塚の伝承を調べてみると、そこに葬られたのは十代の少年たちだと書いてあったんだ。……気にならないか?」 瑞乃は涼の差し出した資料に目を通す。確かに涼のいう通りだった。 「だけど、この人達は罪を犯して逃亡中、深川山で捕まってそのまま処刑されたってあるよ。香たちが罪を犯すなんて考えられないけど……」 少なくとも夢の中での香たちはそんなことをする人物には見えなかった。 「──まあ、あくまでそういう伝承のある塚が深川山にあるってことを教えておきたかったんだ。瑞乃がそういうんなら、この塚と香たちとは関係がないのかもな」 「……うん」 「じゃあ、そろそろ調べようか」 涼の言葉で、さっそく二人はそれぞれ地方史を中心に久谷家の歴史を探っていった。それでわかったことは、豊彦──義久の名がまったく出てこないということだった。 「どうしたんだろうな。義盛が死んでしまったんだから、豊彦が跡取りになったはずだろ?それなのにどうしてその名が出てこないんだ?」 「あ……!ねえ、見てよ、涼くん。ほらここ」 瑞乃は指で文字を辿っていきながら、読み上げた。 「久谷家滅亡後、その後を継いで領主となったのが、有賀廣成(ありがひろなり)である。廣成は義隆の時代から続く隣国との戦に終止符を打ち──、」 「久谷家が滅亡?どうして滅んでしまったんだ?」 瑞乃も今の文章の前後を読んでみるが、それ以上の記述は見つからなかった。 「──この本には乗ってないみたい」 「そうか。別の本を当たってみるしかないようだな」 「うん」 二人はそれから再びあれこれ本を引っ張り出してきてはページを捲った。 すると、今度は涼が瑞乃の名を呼んだ。 「瑞乃、あったぞ!」 「ホントっ?」 「ああ。しかも義久の名前も載ってる。──義久はちゃんと領主になれたみたいだな。ただ、後の戦で討ち死にしたと書いてある。義久には跡目もなく、それで久谷家の血は途絶えてしまったらしい」 「そう、だったんだ……。豊彦は戦で……」 「……みたいだな」 「なんの戦だったのかな?」 「さあな。ただ義久の時代はまだ隣国との戦中だ。ほら、ここにも十五歳から六十歳までの男子を徴兵したと書いてある。よっぽど激しい戦だったのは間違いないみたいだ……」 「……そう」 ということは、香たちも徴兵されてしまったのだろうか…… ──結局、この日わかったことはこれだけだった。明日は土曜日だ。瑞乃と涼はまた明日も図書館で会う約束をして別れた。 +++++ 豊彦と別れてから二年の月日が流れていた。その間に久谷家の領主は義隆から義久──豊彦へと移っていた。 今朝、鳶の言ったことが頭から離れない。 ついに久谷家から徴兵の達しがきたという。隣国との戦は年々激化する一方で、一向に終わる気配はなかった。だからいつかそんなお触れがでることはわかっていた。 だけど…… 実際にその達しを見た鳶は、それの最後に豊彦の名が記してあったと言った。つまりそれは、豊彦が領主の名のもとに出した正式な命令書であることを意味した。 香は何度も寝返りを打ちながら、そのことを反芻しては、あれこれ考えてため息をついた。 ──……眠れないのか? 声のしたほうを振り返る。月明かりさえない真っ暗な夜だった。小屋の中はおろか自分の姿すら見えない暗闇だったが、声の主が身体を起こしたことは気配で伝わってきた。 ──……別に。鳶はどうなんだ? ──俺は今後のことを考えていた。 ──……そっか。 香も身体を起こす。 ──……俺もだよ。 戦は嫌だ。武器を持って人を殺すのだ。考えるだけで恐ろしい。──いや、殺されるのは自分のほうかもしれない。そう思うと怖かった。 ……豊彦はどう思っているんだろう。昔はあんなに戦を嫌っていたのに、今はそうじゃないのか……?遠く離れた城の中で、お前は今何を考えているんだ……? 香は膝を抱えてうつむく。 領主の命令は絶対だ。香たちが逆らうことなど許されない。 ──……ねえ、香、それに鳶も。俺も一緒に行っちゃ駄目……? 突然そう言ったのは、寝ていると思っていた鈍だった。 ──お前……起きてたのか? ──……うん。ねえ、駄目かな……?俺も行きたいんだ。 香は目を剥いた。 ──……何言ってるんだ。お前はもともとこの国のやつじゃないんだ。それにまだ十四なんだし、わざわざ戦なんかに出てどうするんだ。なんだってそんなことを言うんだよ。 思わず怒鳴ってしまう。鈍が息を呑んだのがわかった。 ──馬鹿なこと言ってないで、もう寝ろよ…… 押し殺した声で言う。しかし、鈍は逆に身体を起こした。 [次へ] |