[携帯モード] [URL送信]

鵠のうたう歌
10


「……ごめんなさい」

 瑞乃が謝ると、涼は軽く息を吐いて瑞乃を見た。

「……ホントにどれだけ心配したと思ってるんだ。俺だけじゃない。瑞乃の両親やじいさん、小西だって」
「……本当にごめん」

 今では自分の行動の愚かさがよくわかる。一歩間違えば、瑞乃だけでなく、涼も死んでいたかもしれないのだ。

 本当になんて愚かだったのだろう。

「……はい、これ」

 涼がポケットから取り出して差し出したのは、あの緑色の勾玉だった。

「……それ」

 すっかり勾玉のことは頭から抜け落ちていたから驚いた。でも、不思議なことに事故に遭う前ほどの執着心はわいてこなかった。涼が差し出したので、一応手を出す。

「どうして涼くんが……?」
「救急車に乗せられたとき、瑞乃の手から落ちたのを拾ったんだ」
「……いいの?私が持ってても」
「今の瑞乃ならもう大丈夫だと思うから」
「……そう、かな…?」

 不安そうな顔をする瑞乃に涼は頷く。

「瑞乃ははじめに香の霊を見てから、ずっと彼のことを考えてただろ?」
「……う、うん」

「だから、本当はたんなる夢で終わるはずだったのに、香を気にかけるあまり、いつのまにか彼に同化しかかっていたんだ。だから生前に香が大事にしていた勾玉を瑞乃も大事にしなくてはならないと思ってしまったんだろうな」

 涼の言う通りかもしれなかった。はじめはどうして勾玉を手放したくないのか自分でもよくわかってなかった。しだいに夢に捕われるようになってからも、自らの意思で持ち歩いているつもりだったが、今考えるとそれも怪しい。

「……やっぱり自信ない。また夢を見たら前と同じようになるかも」
「大丈夫だろ」
「……本当に?」
「──うん。今はわかってるだろ?瑞乃にもお前自身を心配したり大事だって思ってくれる人がいるってことをさ」
「……うん」
「それをちゃんとわかっている人はもう大丈夫なんだ」

 妙にきっぱりと涼は言う。瑞乃はその顔を横からそっと覗きこんだ。

「……それ、もしかして涼くんの経験?」
「まあ、そんなところかな……」

 涼は頷くと、立ち上がって瑞乃に向かい合った。

「──で、ここ数日間ほど何があったんだ?」

 まっすぐに涼に見つめられて、こんな時だというのに、瑞乃はどきどきした。

 陽の光に明るく透ける茶色の瞳ははっととするほど綺麗だった。表情を引き締めれば、実は整った顔立ちをしているのも知っている。
だけど、いままでこんなにどきどきしたことはなかったのに……。

 急に涼に頭と肩を抱え込まれ時の温かさを思い出して、瑞乃は真っ赤になった。

「……瑞乃?」
「な、なんでもない」
「……そうか?もし具合が悪いなら話は明日でもいいけど」
「……大丈夫」

 瑞乃は一度大きく息を吸って気持ちを切り替えると、ここ数日に見た夢を話はじめた。

 黙って話を聞いていた涼は、豊彦が元服して久谷義久となったところまで聞くと、少し考え込む。

「──最初の夢は香が死ぬ場面だったな。それからは、なぜか子供時代に戻って、十歳前後、十四歳、十五歳の頃の夢。……まるで彼の記憶を幼い頃から順番に追っていってるみたいだ」

「……本当ね。何か意味でもあるのかな?」
「わからない。──なあ、瑞乃」
「なに?」
「お前はこれからどうしたい?」

 涼はふいに瑞乃に問い掛けた。

「……え?」
「──たぶん、このまま何もしなくても瑞乃は香の夢を見続けると思う。もう前みたいに夢にとらわれることはないだろうけど、この先もずっと香の夢を見続けるのは辛いだろ?だから、夢を終わらせるためにも香自身をどうにかしてやらなきゃいけないと思うんだ」

「香を……?」
「そうだ。あいつには何かわだかまりがあって、それで成仏できないんだと思う。瑞乃に夢を見せるのも、もしかしたら助けて欲しいからかもしれない」
「──私だって助けてあげられるのならそうしたいけど、実際にはどうすればいいの?」

 涼はしばらく考えてから言った。

「──瑞乃、さっき香たちの村の名は深川村って言ってたよな?」
「うん。住職さんは深川郷とも言っていたけど……」
「そうか。──ところで、この町にも深川と名のつく場所があるのを知ってるか?」
瑞乃は頭をひねる。すると、急にぽんと町の南西にそびえる山が浮かんだ。
「──あ!深川山!」

 なんとなく涼がにやっと笑った気がした。

「そう。たぶんだけど、深川郷はこの深川山のすぐそばにあったから、そんな名前がついたんだと思う」

 ちょっと待て。ということは──

「……え?それじゃ、香は昔この辺りに住んでいたってこと?」

 瑞乃が間の抜けた質問をすると、涼は少し呆れたような顔をする。

「たぶんな。じゃなきゃ、《雨宿りの木》の下に出てきたりはしないと思うよ」
「……そうか、そうよね」
「──じゃあ、俺はこれからちょっと行くところがあるから」
「どこにいくの?」
「図書館。もし瑞乃の夢が本当に香の記憶なんだとしたら、調べれば何かわかるかもしれないだろ?」
「それなら私も行く」
「瑞乃は駄目だ。さっきまで気を失ってたんだからな。──今日はゆっくり休め」

 涼はそう言うと、さっさと歩き出してしまう。瑞乃は慌てて涼の後ろ姿に声を掛ける。

「それじゃあ、明日は手伝ってもいい?」

 涼は足を止めて振り返った。

「うん」
「……今日は本当にありがとう」
「──うん」

 最後は淡く微笑むと、イヤホンをつけて今度は振り返らずに去っていった。



 翌日の放課後、瑞乃は涼と連れだって、図書館にきていた。

「昨日調べてみて、何かわかった?」
「──ああ」

 空いている席を見つけて座ると、涼は鞄からコピーの束を取り出す。

「町史やインターネットとかで調べてみたら、いろいろ出てきた。ほら、ここを見てくれ」

 涼の指差すところを見ると、久谷義隆の名が記してあった。

「この人って、豊彦の父親じゃない!」
「そう。それにほら、系図も載ってたんだ。息子の義盛の名もある」

 しかし、その隣には何も記されていない。

「──あれ、豊彦は?名前は義久だよね……載ってない」
「俺もそれが気になったけど、すべての系図が子供の名前を全部載せているわけじゃないらしい。むしろ省略して書いてあることのほうが多いんだ」
「そうなんだ。──じゃあ、そっちの紙は?」

 瑞乃が尋ねると、涼はそれを瑞乃のほうに差し出す。



[次へ]

あきゅろす。
無料HPエムペ!