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盆踊り



 ホオズキのランタンを作った。提灯よりひとまわりほど小さい、硝子のランタンだ。薄ぼんやりと朱赤に光っているさまは、まるで幽魂がちらちら燃えているようだった。
「──祐介(ゆうすけ)、紗智(さち)を連れて先に行ってて」
 玄関先で、ホオズキのランタンを眺めている時だった。ぼんやりと放たれる朱色の光に、祐介の浴衣も淡く色づく。
 淡い紺の縞柄の浴衣を濃紫の帯で締めて、下駄をつっかけた姿で立っていた。今夜は盆の暮れ、海へ灯籠を流す日だった。
「祐介?」
 再び呼ばれて、ようやく姉の方へ振り返る。座敷から顔を出した姉は、紅い金魚の絵柄の浴衣を着た紗智を祐介の方に優しく押し出したところだった。
 紗智は祐介にとっては姪にあたる。お盆詣りに、数日前から姉と二人で滞在していた。
 紗智は着慣れない浴衣が恥ずかしいのか、うつむいて、座敷の前でもじもじしている。
「──おいで」
 祐介が手を差し出す。その手と傍らの姉とを交互に見て、それからやっと意を決したように紗智が駆けてきた。
 紅い鼻緒の下駄をはくと、遠慮がちに祐介の手を握る。子供特有の熱い手だった。
「じゃあ、行こうか」
 そっと小さな手を握り返して、海辺へ向かった。


 海岸沿いには屋台が並び、浜辺では花火の音がする。ずっと南の浜に目を凝らせば、大きな篝火がこうこうと燃えているのが分かった。太鼓の音が、波と花火の音に混じって、わずかに耳に届く。
「……あ、見て、お兄ちゃん。盆踊りしてるよ」
「今年も参加するの?」
 腰の辺りにある紗智の顔を覗き込むと、紗智は帯に挟んでいたうちわを手に取って、うん、と頷いた。
「でもね、今年はまだお面買ってもらってないの。お母さんが後で買ってあげるって言ってたのに」
 紗智は、お面の屋台を通り過ぎるたびに熱心にそれを眺めていた。
 祐介は来た道を振り返って、まだ姉がこないのを見てとると、携帯で時間を確認した。盆踊りが始まって、もう三十分は経っていた。このまま深夜まで踊りはつづくが、幼い紗智をそんな時間まで連れているわけにもいかない。
 それに灯籠流しまで、もうあまり時間がない。紗智は、灯籠流しが済めば、帰らなければならなかった。
 祐介は携帯をしまうと、紗智の手を引いて近くのお面屋にいった。
「ほしいなら、買ってやるよ。どれがいい?」
「いいの?」
 紗智は目を見張って祐介を見上げた。
「そのくらいの小遣いはもらってるから」
 頭を撫でると、紗智は嬉しそうに笑った。祐介の手を離してお面の方に行ってしまう。
「いらっしゃい」
 ねじり鉢巻きをしたお面屋の主人が、しゃきしゃきした声で紗智に声をかける。
 人混みに流されないように、祐介も屋台の下に移動した。主人の傍の扇風機が首を回し、近くにいた祐介の髪を揺らす。風に乗って、潮のにおいがした。
「お兄ちゃん、あれがいい」
 しばらく迷ってから、紗智は目の細い白犬の面を選んだ。狐のようにも見えるが、値札には犬と達筆な字で記されていた。
「本当にそれでいいのか?」
 思わず聞き返していた。それはお世辞にも可愛いとは言えなかった。にゅっと細められた目が不気味に笑っているようで、少々気味が悪い。
 しかし、紗智はその犬がほしいと言い張った。
「わたし、戌年だから。戌のお面をかぶると悪いモノから守ってもらえるのよ」
「悪いもの?」
「うん」
「お嬢ちゃん、よく知ってるね。そりゃ、この辺りに伝わるミズチの昔話だね」
 話を聞いていたお面屋の主人が、紗智にニッと笑いかける。人見知りの紗智は、さっと祐介の影に隠れたが、顔だけ主人の方に出して頷いた。
「……おばあちゃんに聞いたの」







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