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ブーム



 最近、巷は自転車ブームらしい。だからって訳じゃないけど、サイクリングがてら由規(よしのり)の家に遊びに行くことにした。アポは取ってないが、アイツは学校がなけりゃ引きこもりかってくらいインドアな奴なので、まあ居るだろ。万が一居なくてもそれこそアレだ。サイクリングしてるんだと思っておけばいい。
 由規の家へは、電車だと最寄り駅から五つ先の駅で降りる。自転車で行くとなると四十分くらいか。五月晴れというには少々暑苦しい陽気のなか、オレは黙々とペダルをこいでいた。
 普段、電車通学をしているオレにはちょっとの坂でも結構キツイ。銀杏並木が鮮やかな新緑を宿し、歩道を歩く人々の目を奪っていたが、生憎オレの目線は足元に向き、初夏の一端を感じる暇もないまま、ただ息が上がる一方だった。
(やべー、運動不足だ……)
 額に浮いた汗が玉の雫になって落ちる。今更だが自転車で来たことを後悔しはじめていると、坂を上がりきった場所にコンビニを発見した。無性に飲み物が欲しい。オレは迷わずその駐車場へ進入した。
 ああ、平坦な場所は素晴らしい。坂を乗り切った後の心地よい解放感にひたりながら、自転車も悪くねーな、なんて思う。後悔? なにそれ、美味しいの?
 自転車を停めた。カギ。カギ。面倒臭いけど盗まれたらたまんねーしね。ジーパンのポケットに手を突っ込んだが、小さな自転車のカギは指先に触れるものの、なかなか摘まみ出せない。
「……くそっ、このっ、ああもうカギめ!」
 苦戦していると、ふいに肩をチョイチョイとつつかれた。
「んあ?」
「ちょっといいですか?」
 振り返った先にオレより幾分年上っぽい青年が、にっこり笑顔で立っていた。誰だこれ、と思いながらも彼の笑顔に釣られて何となくにへらと笑い返してしまう。
「え……あーっと、なんスか?」
「今日はどの辺りまで行く予定か聞いてもいいですか?」
「…………はい?」
 オレは目の前の男を頭からつま先まで何度も見てしまった。
 見た目は大学生くらい。取り立てて目立つ容姿ではないが、人好きのする笑顔が印象的といえば印象的。身体は細身だけど、ガリガリではなく適度に筋肉がついていて、おまけに春が終わったばかりだというのに、こんがり日焼けしている。何かスポーツでもしてる感じ。
(……オレ、なんで話しかけられてんだろ)
 オレはといえば部活にも入ってないし、取り立ててスポーツが好きな訳でもない。間違っても体育会系のオーラは放ってないし、話しかけられるような接点もないはず。ましてやなんで今後の予定を聞かれてんだろ。
「………えーっと」
「●×町なんて行ったりしません?」
「はい?」
「どうなんです? 行く、行かない、どっち?」
 ナニコレ。
 え、オレがこの後どこへ行こうがこの男に何の関係が? しかも●×町? ええ、オレがこれから行こうとしている由規の家はまさに●×町ですが、だったら何だっていうんですか?
 ぐぐいと迫ってこられてだんだん身体がのけぞる。ちょっ、顔、顔、近いんですけど!?
 それに気づいた男は、あ、すみません、とか言って距離をとった。
「いきなりこんなこと言われても驚きますよね。実は俺●×町に用があるんです」
「はあ……」
 で?
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
 いやいやいや。
 だから何!? 後ろに乗っけてけとでも? いや、もしかしたら新手の自転車盗難とかですか? オレが●×町に行かないって言ったら、ワハハッだったらお前の自転車をいただいちゃうぜ的なノリですか? わお、いい人そうな笑顔振り撒いておきながらなんて恐ろしい!







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