雨乞いの儀
まるい金の鏡のような月が、漆黒の夜空に浮かんでいる。
風はなく、目の前に広がる水面には、もうひとつの月が漂っている。
今は誰も管理のする者のいない、さびれた池。
そこでは、はるか昔に雨乞いの儀が行なわれていたと聞く。
「兄さん、ここで何をするつもり」
「……静かに。黙ってみてろ」
兄は唇に指をあてて、かたわらの弟を軽く睨むと、鞘におさまった短刀を取り出した。
息を呑んで見守る弟の前で、兄がゆっくり刀を抜く。
刀身がきらりと月光に光った。
「これを池に投げ入れると、雨が降るんだって」
「……雨が、」
「そう。水の神は金属が嫌いなんだ。だから、自分の住みかに金属を投げ入れられると、怒って雨を降らせるんだって」
そう言って、兄が抜き身の短刀を池の中に放った。
それからまもなく、風がでてきて夜空は雲におおわれる。
突然、カッと青白い光が辺りを照らして、空を割るような勢いで雷が鳴った。
兄弟は首をすくめ、空を見上げる。
ぽたりと弟の頬に、雨粒が落ちてきた。
「あ、雨……」
「水の神のお怒りだ」
「兄さん、あの短刀、どこで手にいれたの」
「じいさんの蔵で」
いつしか雨は大降りになり、大気は濃密な水の気配につつまれる。
end
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