[通常モード] [URL送信]
君の残り香


 カレーが食べたい。
 味気ないコンビニ弁当を食べながら思った瞬間、耳に馴染んだ声が鮮やかに蘇った。
『――祐真(ゆうま)、今日はカレーだよ。肉がね、安かったんだ』
 アパートの作り付けの小さなキッチン。バイト先から帰ってきた俺に、圭が振り返って笑いかける。
 圭のカレーは、市販のルーを使った何の変哲もないものだったが、なぜかクセになる。本人いわく、リンゴの代わりにバナナを入れるのがポイントらしいが、リンゴかバナナかなんて、正直どうでもよかった。ただ、圭のカレーは美味い。それだけだ。
 ――今、キッチンに目を向けても、そこは暗闇に沈み、水道の蛇口から、水滴がぽたりと落ちる音がするだけだった。
『あー、祐真、水道代だって馬鹿にならないんだから。ちゃんと閉めないとダメだろ』
 今にも圭の声が聞こえてきそうな気がして、俺は息をのんだ。
 圭がこの部屋に帰らなくなって三ヶ月が過ぎた。片付けなきゃいけないと思いながらも、圭の荷物はそのまま残っている。
 圭の箸、圭の茶碗、圭のマグカップ、圭のハブラシ、圭の靴、圭のカバン―――
 数え出したらキリがない。圭の気配が残った物たちがそこら中に溢れて、まだ圭が一緒に住んでいるかのようだった。
 机の上には、圭が最期まで身につけていた時計があった。表面にヒビが入って、針はもう動いていない。
『祐真、ありがとう。大事にするから』
 誕生日にプレゼントしたら、頬を赤くして、嬉しそうに笑った。その後、キスして、ケーキを食べて、一緒に寝た。
 その日の圭は、はしゃぐ子供のように、いつまでたっても眠らなくて、俺の手のひらに頬をすりよせては、何度もキスをねだった。俺はそんな圭が可愛くて、愛しくて、乞われるままにキスをした。
『オレ、ずっと祐真と一緒にいたい。祐真が好き。大好き……』
 それなのに、圭は死んでしまった。ずっと一緒にいたい、圭がそう言ったのは、死ぬ三日前のことだった。たった三日。あの時そう言った圭が、たった三日後に逝ってしまった。
 あとから聞いた話では、自転車で横断歩道を渡っていた圭に信号無視をした車が突っ込んできたらしい。圭は重傷を負って、病院に搬送された。 俺が連絡をうけて病院に着く頃には、もうもたないだろうと言われた家族が最後に圭と会っているところだった。そんな時なのに、朦朧とした意識で、圭は俺の名を呼んだそうだ。
『祐真……、ゆう、ま……』
 家族の計らいで、俺も圭に会うことができた。
 家族が出ていった後、そっと病室に入る。痛々しい圭の姿が目に飛び込んできて、俺の頭は取り乱す寸前だったが、淡く微笑んで俺を見上げる圭を見たら、俺も笑顔を見せないわけにはいかなかった。
『祐真……今日は、カレー、だよ……祐真が、いつも、うまいって、言ってくれる……』
『……そっか……楽しみだな』
 声が震えないように答えるのが精一杯だった。
『ねぇ、祐真……キス、して……?』
 俺は言われるまま、そっと圭の唇に触れた。その途端、圭の瞳から涙が溢れた。
『……オレ、今、すっごい、幸せ……大好き、だ、よ……祐真………』
 そう言って微笑むと、圭は静かに息を引き取った。
 今でも、この瞬間のことを思い出すと胸が潰れそうになる。
 圭。
 俺も、圭のことが大好きだった。圭の笑顔も、料理する後ろ姿も、カレーも、どれも大好きだった。
 圭の全てが、今もずっと、苦しいほどに大好きだった。
 圭。
 圭。
 ――愛してる。





end
ウロコボーイズ投稿作


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!