「素敵だと思わない?」 「何ですか突然。頭沸きましたか」 「ちょ、曽良くん酷い」 俳聖松尾芭蕉と各地で噂される様になってからどれくらいかたった頃、芭蕉はある本を貰い承けた。 古い友人の家に旅の途中で寄った時に貰ったのだ。友人がいらない理由は何か変な臭いがするから、だそうだ。 でも今まで捨てられなかった理由はなんでも聖徳太子にゆかりの在る書物だからだと言っていた。そして別に臭いとか気に為らなかったから芭蕉はその本を貰い受けたのだ。 それが一昨日の事。 「本当鼻がイカレそうですよ。今すぐ燃やしてください。」 何か良いものが手に入ったと思って気分がルンルンな芭蕉とは反対に曽良はずっと鼻を押さえている。 「絶対に嫌だよ。」 「逆らうんですか松尾」 「そ、そんなに睨んでもこの本は捨てないからね!」 「あ、ちょ、待ちなさい」 もうマーフィー君みたいな酷いことをされない様にと、懐にしっかりと本を挟み芭蕉は走りだした。 「宿は次の町のに泊まってくださいよ」 曽良が叫んだ声は少し距離があいた芭蕉の耳にも届いていた。 ★ 「もう酷いよね曽良くん。聖徳太子っていったら偉人中の偉人だよ、10人がいっぺんに喋っても聞き分けれるんだよ!凄いのにー」 ため息がもれる、あの弟子を何とかしなくちゃ、この本の未来は塵となってしまう。 「マーフィーくんどうすればいいかな?」 「お前は私をよく解っているでおまー、でもその不細工な人形に喋りかけるのはどうかと思うぞ」 息が止まるかと思ったと、のちに芭蕉は曽良に話したそうだ。 後ろに突然人が現れたのだ、びっくりしないわけがない。しかも今まで全く、人の気配などしなかった。 「君はだだ、誰だい?」 「うん?今まで散々褒めていたではないか、聖徳太子だよ」 「聖徳…太子…?」 「しかし正確にはその魂の一部だ。」 よくみたら半透明な人間だと芭蕉は気がついた。声もどこか篭っている。 「って納得出来ないよ!なんで聖徳太子が突然!?」 「お前が持っている本があるだろ、それは私が妹子の事を思って書き綴った本だ。12ページには、妹子の恥ずかしいランキングを50位迄書いてあるんだぞ。」 「はー、」 芭蕉は、聖徳太子とか名乗る人が現れた瞬間は、年寄りの心臓を驚かすなと怒りたがったが、タイミングを逃した様だ。 なんだか妹子と云う人物の事を話す顔になんだか文句を言えなくなってしまった。 とても悲しそうな顔で話している。 声だけ聞けば明るいのに、自分でも気がついていないのかも知れない。 「その人は恋人だったのかい?」 芭蕉は弾丸の様に喋り続ける太子に問い掛けた。 「…さぁ……多分私の片思いかな」 仕事以外の事で自分を妹子が捜した事はない。常に自分からだったと、太子は色褪せない記憶を懐かしく思った。 「…その人は?この本は渡せたの?」 芭蕉が躊躇いながら聞くと、太子は少しの間口を閉ざした。 「妹子は長い仕事に出ちゃってね、私は帰ってくる前に死んでしまったんだよ。だから妹子に渡そうと思ってたこの本も、渡せなかった。」 芭蕉はキュっと胸が苦しくなった。パラパラと本と呼ぶには些か不格好なこの本を数ページめくっても、過去の文字で書かれているこの本を読むことは出来ない。 「これは恋文なんだね。貴方からその人への」 魂が本に遺ってしまう想いとはどんなものなのだろう。 それはとても強い強い念いなんだろう。 「でもきっとその人は幸せだったと思うよ、こんなにも想ってくれた人がいたんだからね」 少し羨ましいくらい、そう言って芭蕉は微笑んだ。 「ありがとう、お前は妹子と竹中さんの次にチャーミングだな」 −−−−−−−−−− 微妙な終わり方… 力尽きた感が蟻 |