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「あら、時雨くん。また喧嘩したの?だめよ、危ないじゃない」
「時雨くん、また喧嘩か。あまり無茶するなよ」

懐かしい声を聞いたのは、夢の中だった。
古い、古い記憶。僕がまだどうしようもないガキだった頃にお世話になった人たちの声。
柔らかくておっとりした声。
優しくも厳しい声。
僕の知る限り最も尊敬できる大人。





「……………」

ぴぴぴぴとケータイが鳴っている。目を覚ますとまだ部屋の中は薄暗く、置時計を見ると時刻は四時。まだ明け方は少し肌寒さを感じる。なんだか懐かしい人たちが夢に出てきたということを必死に記憶に止めながらアラームとは違う用件で鳴っているケータイを見ると、そこには僕のもっとも見たくない人間の名前が映っていて、
僕は全力でケータイの電源を落とし、記憶と共に布団に埋もれた。





「本日は我が校始まって以来の、初の父兄参観授業です。どうか粗相のないようお願いいたします」

校長の朝礼を、あくびを噛み殺して聞き流しつつ、少し緊張に彩られた職員を見回す。
今日は、父兄参観の日だ。これまでこの学園でこういった行事はことごとく行われてはいなかったのだが、去年『ちょっとした不祥事』から理事長が退任して、この年度より着任されたリジチョウサマの命で初めて、父兄参観というもの行われることになった。当然三年になったうちのクラスも授業参観で、大抵のクラスが担任の受け持ち授業の時間を解放するらしいため僕も出動予定だ。この度のリジチョウサマも面倒この上ないとは僕だけの意見ではない。
この学校は生来から外から見ればおかしな風習がある。生徒会信仰の男色文化だ。共学になってから少しはおさまったが、未だそれは色濃い。というわけで、昨日生徒会主催で全校集会が行われていた。発案者、副会長様こと天崎晴生。どうやら自分の親が来るらしく、晴生は全力でこの学校の特色を隠したいらしい。全校生徒の前で「明日は絶対キャーとか様付とか禁止です!!違反者は風紀よりペナルティが課されます!」と横に凍坂を控えさせて言っていたあたりかなりの本気度が見られる。
僕の受け持つクラスは今年度、三年に上がった。三年Sクラスだ。クラスのメンバーはそう変わってはおらず、残念ながら万年Aクラスの一条生徒会長は、今年もAクラスだった。誰が一番悲しんでいたかといったらただただ本人だったが。
変わらないメンツでは言いたいこともよく言えるのだろう。今朝も朝のSHRで時間を寄越せと言われた。本気で嫌らしい。どんだけ徹底するんだよと言うと、「絶対バレたくない会長と付き合ってるのもバレたらヤバい学校がホモまみれなのもばれるわけにはいかない」と青ざめた顔で言っていた。お前一条とのことずっと隠し通す気か。

そんなわけで僕は副会長様こと晴生に時間をやるため朝のSHRに向かい、

「天崎さま…お可愛い…」
「今日は親御様が来られるから素なんだって!」
「このクラスで本当によかった!」

……色めき立つクラスに、本当に大丈夫か、と思ったのは仕方ないだろう。






はじめての授業参観は、なんつーか、イラッとした。
この学園に通っている以上、まあ金持ちの親が集まるのは自然の流れだと思う。それでもオクサマ方が教室の後ろでわが子自慢やら、家同士のつながり作ろうと躍起になっていたりするのは、見ていて面白いものではない。取り敢えず落ち着こうとクラスの人間の顔を見回すと、諫早はいつもどおり凛としていて、凍坂はやっぱり無表情で、晴生は緊張で死にかけだった。多分あれは昨日寝ていないだろう。因みに秋嵐には出席はやるから今日は絶対に来るなと伝えてある。間違いなく峰藤の野郎を連れて来るからだ。まだ始まっていない中、自分が一番のケバイオバサマ方だけでもイラついてんのに、野郎が来たら僕絶対やらかすし。秋嵐もわかってくれたのか、家で引き止めとくと言ってくれた。
取り敢えずこの鬱陶しい喧騒をどうにかしてくれ授業早く始まれと普段なら絶対に思わないことを思っていると、ざわり、と教室の外が震えた。他のクラスの生徒や父兄の声だろう。謎のざわめきにクラスの中も一瞬静まった頃だった。

「失礼いたします」

そんな礼儀正しいバリトンと共に、背の高い男性が入って来た。そしてそれに続くのは二人の小柄な女性で、

「こんにちはー」
「失礼します」

小さく発された声の前者に、僕は、目を見開いた。

「初美さん、総十郎さん…!?」
「「へ?」」

呟いた僕の声と、よく聞きなれた僕の生徒二人の声がだけが、教室に響く。
そして、

「時雨さん、私のお母さんとお父さんのこと知ってるんですか?」

珍しくも本気で驚いた顔をしている凍坂真雪に、僕はおもいっきり失態をおかしたのだった。


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