*短編
9
「…なんで」
「最近俺がたまに、居ないときがあるでしょ?」
それがなんなんだ。
一緒に居ればいいと言ったのに居ないときの話をする真木に眉をひそめる。確かに最近、こいつはよくいなくなる。はじめてここに連れてこられたときから何度か居ないと思うことがあった。たからこそ、俺は今日ここに来ざるをえなくなったわけだし。
「それね、半分は居たんだよ」
「は?」
なにを言ってる、こいつは?
居たって、居なかったからこんな目に遭ったんじゃないか。
「ううん、居た。最初のあのときは、まぁいなかったんだけどね。今日は居たんだよ」
「だったらなんで、出てこなかったんだよ」
あの転校生から回避させるのがお前の役割だろうが。そう言うと真木は、やっぱり人使いが荒いと笑い、肩を竦めた。
「出てこられなかったんだよ。正確に言えば、まこちゃんに見えてなかったってこと…かな」
見えてなかった?
「まこちゃんに霊感がないって話はしたっしょ?だったら、なんで今俺が見えてるんだと思う?」
「なんで…って、お前が見せてるんじゃないのか?」
「そ。俺が、まこちゃんにだけ見えるように頑張ってんの」
そんな器用なことができるのかよ。前々から器用なやつだとは思っていたが、そういう方面にも器用だとは思わなかった。というか、幽霊はそんなこともできるのか。
「でも、まぁその、そーいうことするのって、かなり力消耗するらしいんだよね」
元々人に姿を見せるのって大変だし、一人にだけっていうのも裏技みたいなものだし、と勿体ぶる真木が本当はなにを言いたいのか、多分そのときの俺はわかっていて。それでも俺は、何が言いたい、と聞いた。だから、真木は答えた。
「もう燃料切れってこと。俺はもう少しで、お前にも見えなくなるよ」
ハッキリと。間違いなく。
「見えなく、って…」
「文字通りだよ。まこちゃんはめでたく変な幽霊に憑き纏われない、平和な生活に戻れるわけだ」
やったね。
なわけがあるか。さっきも言ったが、俺はこいつに、この変な幽霊に憑き纏われる生活に慣れてしまったんだ。まこちゃんと俺を変なあだ名で呼びながらついてくる真木が、居るのが当たり前になったんだ。
「平和なわけ、ねぇだろ」
大体お前が居なければ俺はあの転校生にまとわりつかれて大変なんだ。誰があいつから俺を回避させてくれると言うんだ。
俺の主張に、真木は笑う。
「まこちゃんなら、大丈夫だよ」
なんて、根拠のないことを言いながら。
「まこちゃんなら逃げ切れるし、いざとなったらここに逃げ込んでもいい。風紀のみんなにも協力してもらいなよ。きっとみんなまこちゃんに頼ってもらいたがってるぜ」
「真木、俺は…」
「でも」
俺の言葉を遮った真木は、でも、ともう一度小さく言って、泣きそうな顔で、笑った。
「本当にきつくなったら、助けてって言ってね」
俺みたいになる前に。
その言葉にふとある考えが過った。こいつは、もしかして真木は、わざと俺をここに呼んだのではないだろうか。前に一度連れてきたのはわざとで、俺がここに逃げ込むのを予測して、わざと…自分が死んだ理由を俺に知らせた。
自分が、消えてしまうから。
「真木」
「なぁに、まこちゃん」
俺に最後の忠告をするため。
「真木。もう少しって、どのくらいだ?」
「へ?」
俺の唐突な質問に真木は間抜けな声をあげる。まさかそんな質問がくるとは思っていなかったらしい。責められるとでも思っていたのだろうか。いや、まぁ責めていたためあながち間違ってもいないからなんとも言えないか。
「もう少しで見えなくなるっつってたろ。どのくらいだ」
「…どうだろ。ちょくちょく消えて、完全に出てこられなくなるのは…三日くらいかな」
「じゃあ三日間は、俺のそばに居ろ」
「……え」
我ながら、恥ずかしいことを言っているのはわかっている。それでもこれは俺の本心からの言葉。
俺は、お前のそばに居たい。
消える直前まで…お前を見ていたい。
真木。
「っ、は、うはは…まこちゃん、なにその口説き文句っ…やば、素でソレとか、あっはは…」
「おいこら、茶化すな」
「ちょ、」
俺の恥を忍んでの言葉を顔を隠して笑いを堪える真木に、いつも通りのイラつきを感じ、すり抜けるのはわかっていながら手を伸ばせば、自分が霊体なことを忘れていたのか真木はすいと後ろによけた。
そして、
「っおま…」
「…やめよーぜ、ほんと…」
そのおかげで見てしまった。真っ赤になった、真木の顔を。
つられて赤くなり、妙な空気が流れる。ただ、だからといってここから立ち去るわけにもいかず、空気を読んで口をひらいてくれたのは真木だった。
「むー、まこちゃん委員長にそこまで言われて断れるわけもないし、いーよ」
まだ赤さの残る顔でへらりと眉を下げ、真木榮は、そう約束した。
「俺が消えるまで、俺は誠のそばに居るよ」
真木が消えたのは、その二日後だった。
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