+ 綾瀬凌についての諸考察 以前、志麻は俺がゆきじくんに似てきていると言っていた。きっと志麻は、俺が志麻に対して少し厳しい言葉をかけたことをそう例えただけなのだろうけれど。 俺の自己分析としては、綾瀬凌は蓋見由岐路よりも、鏑木志麻に近い。 俺は昔から、人に合わせて生きているタイプの人間だった。人に合わせるというか、人の望むように振舞うというか。これは別段理由をもって行われていることではなく、意識して行っていることではなく、ただ俺が生きているうえで無意識にやっていることだった。きっと志麻だって、意識なんてしていなかったし、だからこそあんなことになったのだろうけど。 だから俺はあのとき。志麻にとって頼れる人が居なかったとき、少し厳しい言葉をかけながらも心配する友達だったのだろうと、現在の俺は思っている。あのときは、あのときの本心からの言葉を口にしているから自分では気付かなかったけど。まあ、冷静に考えればそういうことなんだろうなとおもっているのだ。 ただ俺が志麻と違うのは、俺はあそこまでハイスペックではなかったというだけだ。他人のための自己犠牲をするほどにまで他人に合わせようとはしていなかったし、基本的には考え方がゆるいので思いつめることもなかった。 ほどほどに友人の求める友人をして、彼女の求める彼氏をして、すごしていた。必然的に友人は増えて、彼女もわりと多かったと思う。とはいえ付き合えば本性が知れるからか、どれも長続きはしなかったけれど。 と、まあ。 何が言いたいのかというと、別に俺は自己分析をしているわけではない。ただ、 「……」 「…こんにちは、すずなさん」 「名前を呼ぶな」 「…ごめん」 きっとそれが、すずなさんに嫌われる原因なんだろうなあと、そう思っているだけだ。 嫌われる理由がわかってはいても、街中で偶然出会って、まるで親の仇みたいな目で見られたら、正直悲しくはある。しかもすずなさん、他の女の子のお友達と一緒だし。きっとお友達からもそれ、俺が悪い奴みたいに見えるはずだよね。というかすずなさん友達いたのか。 そういえば、前に志麻が「すずなは友達多いぞ」みたいなことを言っていた気がする。警戒して威嚇するのは志麻の友達だけで、自分の友達はそうではないらしい。 「すずなちゃん、睨まないの」 ただ助かったことに、友人さんはどうやらすずなさんの視線で俺を悪者扱いはしないでくれたらしい。手馴れた風にすずなさんをたしなめると困ったように俺に笑いかける。俺も同じように笑って見せると、下からの凄みが増した。当然すずなさんだった。 「貴様ゆめちゃんだけじゃ飽き足らず更にまなちゃんまで毒牙にかけようというのか……」 「いやまず夢子ちゃんの時点で誤解だからね?」 「えっ夢子のお知り合いなんですか?」 「え?」 まるで別れた彼女か何か(しかも浮気だとかで)のような扱いだなと思っていると、予想外のほうから予想外の声が上がって俺はそちらを見る。夢子ちゃんを知っているのかといわれれば俺は知っているけど、もしかしてこの口ぶり。更にすずなさんの言い方からすると。 「じゃあきみが愛科さん?」 「はい」 「わあ。志麻から話は聞いてます。俺、綾瀬凌っていいます」 「あ、やっぱり志麻のお友達なの。志麻…だからすずなちゃんがこんなに威嚇してるのね」 俺が志麻の名前を呼んでいることを理由にすずなさんが俺を威嚇するというのは、どうやら元カノにも共通認識らしかった。どうなってるのか、志麻の周りは。もしかして元カノにもすずなさん威嚇してたのだろうかと思うが、仲良く買い物している以上、さすがにそれはないだろう。しかし、ということは元カノも知っているということか、彼氏とその友人ことゆきじくんのツーカーぶりは。 なにそれ萌える。にやけないよう努力しながら、「志麻がお世話になってます」と言う愛科さんにこちらこそと世間話のように言葉をつなぐ。もちろん圧力は下からかかりっぱなしだ。 「しましまはこいつの世話になんかなっていない…」 「すずなちゃん。志麻が自分を呼び捨てる相手に世話になってないわけがないでしょ、あんな人なんだから」 「なってないもん……」 「ごめんね、綾瀬くん」 「いえいえ」 割となれてますからと言うと、愛科さんは呆れるようにすずなさんの名前を呼んだ。なんだか別れたというのに、まるで夫婦のようだ。 これはゆきじくんと四人で居るところを見ていたいと思う一方、心の隅でちょっとだけ碓氷くんにがんばれと思った。ごめん碓氷くん、比率がこっち寄りなのは俺の嗜好の問題だから。 しかし、愛科さんは美人な女性だし、すずなさんは年よりも結構幼く見えるとはいえ可愛いし、これ他人から見たら誤解される光景かもしれないなと今更ながらに思う。まあ俺の場合友人に見られたところで、別に困ることもないのだが。 ああでも、どちらかというと俺が見られても面白くないし、志麻あたりが見られてほしいところだ。美女と美少女に囲まれているところを碓氷くんに目撃されて、問い詰められておしおきとか。おいしい。現実問題碓氷くんがこの二人を知っているのと、おしおきとかするタイプじゃないので無理があるけど。いやおしおきは、するかもしれないけど。 じゃあどうだろう。望月くんに見られたりしたら面白いんじゃないだろうか。「会長様が居るくせに!」とか泣かれたら……志麻すっごく慌てそうだなあ。望月くんに甘いからな、志麻。 そんなことを考えていた俺は、忘れていたわけだが。 「凌さん……?」 「え?…あ」 「えっと…そちら…。俺、もしかして今日お邪魔でした……」 「ああー!いや、違うよ津久見くん!?」 俺は今日津久見くんに会う約束をしていて。津久見くんは純粋であまり女子耐性のない男子校の男の子で。 彼がどちらかを俺の彼女か何かだと思っているのか、絡まれていると思っているのか、はたまた取り合われているとでも思っているのかはわからないが、青い顔をしてきびすを返した彼に俺は。 「ご、ごめん。また話そうよ愛科さん」 「二度と顔を見せるな!」 「またね、綾瀬くん」 前代未聞。女子を放って、しかも罵声と笑顔を同時にかけられながら、高校生男子を追っていったのだった。 誰が求めてるんだ、こんなの。 [*前へ] |