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パプリカ(LeFa)


 苦手だ。
 いくら唐辛子の劣勢遺伝子を受け継いだからと言っていい気になるなと、この甘味成分を叱りつけたい。いっそのことピーマンほど開き直って苦いのであれば、こちらとしてもまだ目を瞑ってやれるというのにこの半端な甘ったるさと言ったら何なんだ。「唐辛子ほど辛いのはこちらとしても心苦しくて、だからこうして甘くなってみました」とナメられているような気がしてならない。「食材」と称されるものは大抵食えるファルコであるが、このパプリカにだけは、連敗を許してしまっていた。
 それこそが、今こうしてフォークの先端を駆使して、千切りにされたその赤と黄色をひとつひとつ丁寧に端に寄せる理由である。なかなかパスタを食せないでいるもどかしさも相俟って、段々といらついて居るのは傍目から見ても一目瞭然であった。真向かいに座してひとり黙々と同じ料理を前にしている彼は、皿の上の全てを順調に始末しているというのに。

「なあ、パプリカいらねえ?」

 ちらりと一瞥をくれるレオンの口の端から、真っ赤な色が覗いていた。一瞬彼の長ーい舌がびろん、とはみ出てしまったのかと驚いたが、よく見るとそれは自分自身が苦戦を強いられているパプリカだったようだ。それがしゅるんと舌のように引っ込んだものだから、なんとも複雑な思いで見詰めてしまった。
「要らん」
「そう言うなよ、好きだろ?」
「食えるだけだ」
 素っ気無い返事の後、彼はまた視線を落とした。パスタとパプリカと鶏肉を一緒くたにフォークに絡め取り、口に運んでいく。その食事風景を、やや釈然としない面持ちで眺めてしまうにやぶさかではない。ひねくれものと言われてしまったってかまわない。
 そんなプラスチックのように鮮やかな黄色や赤色を好んで食すその食文化の在り方はどうなんだと諫めたい。けれど諫めようにも今更すぎて何にも相手にされないことは間違いない。そもそも彼に食って掛かったところで何になるのか。恐らく自分の頭の中で想定してある返答を百倍、いいや百万倍は賢くした理論でもって会話を終わらせられるに決まっている。
 そしてさらに今更なことを言えば、パプリカ嫌いを食卓に招く側としてはパプリカを避けた食材を使うべきではないのか、そして、食卓に招くその人物が鳥類であった場合は、せめて鶏肉は遠慮すべきではないのか。このような一般的倫理観など、この男にとっては取るに足らないに他ならないのだろうけれども。


 ゆっくりと、そっと、鮮明を極める色合いの山を丁寧にスプーンに乗せた。零れ落ちないようにフォークで支えつつ、距離を見計らい、一息で一方的に受け渡す。一回に盛り切らなかった残りの分をせっせとかき集める中、被害者は暫く引き結んでいた口を麦茶で潤した。
「…おい」
「よろしく」

 元のボリュームの中頃まで食した辺りに、今一度どさどさと不自然を極めたデコレーションのせいで、レオンの皿の上はパスタと具の割合が噛み合わない間の抜けた盛り付けが出来上がっていた。彼は一度だけ深い溜息を吐き、「仕方のないやつだ」と呆れ返ると同時に了承して見せた。
「じゃあお前はトリだけ食べるんだな」
「おう」
「共食いしてろ」
「なんとでも言えよ」
 ともかくそれらが口の中に入らなければ目的は為されたことになるのだから、ファルコの機嫌はと言えばそれはもう上々だった。その後二度ほど「共食い、共食い」と厭味を吐かれたが、それすら許してしまえるほどだった。しかし。

「では、今夜のこの見返りを楽しみにしておこう」

 ぴしゃり、と言い放たれたその一言に、ファルコはぴたり、と止まってしまった。
 今なんと、とおそるおそる見遣った先には、血液のような赤色をフォークに突き刺す、仏頂面の彼が居るのみである。



 END.





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