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イッツ・ア・クレイジー・ワールド(LeFa)


※メンヘル<メルヘン










 彼は両の腕で、丸を模った。
 あまりにも唐突なできごとである。何の前触れもなしに、何のコメントもなしに彼はそうした。腕を前方に伸ばし、神経質な彼はできるだけきれいな円形になるように指先同士をくっつけた。爬虫類特有のすべすべとした、丸みのある表皮が、「うつくしい丸」にうつくしく輪をかける。
 その異様な光景を眺めながら、ファルコは一瞬考えた。眼前の彼の自室の、ほぼ中央に佇んだ。これは何か声をかけてやるべきなのだろうか。うまい返し方をしてやるべきであろうか。けれど語録に自信のない彼は、それが要望であるのならば、しくじっても許して欲しいという結論に至る。そして散々考え抜いた挙げ句、「何に抱きつきたいんだ」という発言を目論み、口を開いた。

「これが世界」

 それが当然であるかのように、彼は平然と言ってのけた。呆気に取られ、そして頭の片隅には、言わなくて良かったと安堵の念がよぎる。同時に、言葉の意味を咀嚼しかねて気持ち悪かったので、思わず訊いた。
「お前の世界か」
「いいや」
 微妙な意味合い云々の前に、彼は理解の一歩手前を望んでいるのかもしれないと勘ぐった。レオンはこの世界であると、この世界に対して、随分と小さい円を指して言う。

意味を分からせる気でない、その事実を詫びることなど到底ありえず、ただまっすぐにファルコを見据えながら断言した。
「…縮図、か?」
「いいや」
 言えば漸く、彼は手を解いた。そしてファルコに歩み寄る。春先と言えども、夜はやはり冷える。それなのにレオンは狭い世界でファルコを覆った。ひやりと冷たい指先が、ファルコの背に触れる。ぞくりと身を震わせたのを見て、指先以上に冷たい眼が満足そうに細められた。
「どうだ?」

 ちっぽけな世界の大半が己で占められていることに対して、彼は問う。その居心地はどうかと。
 良い訳があるかと、唾を吐き捨てたい衝動にかられる。こんな狭くてほんの少しの身動きのみしか許されない、おまけに常に背に寒気が伴うような世界などに誰が居座りたがると言うのか。くわえて創造主は異常な性癖を持ち、世界の大半を占めるファルコを、じろじろと見下ろすのだ。まったく勘弁してくれと、深い溜息を吐いた。
「こんな湿っぽい世界は嫌だ」
「果たして、そうかな」
 くすくすと笑う容貌は、やはり薄気味悪かった。彼はいつも、必要最低限にも満たない言葉数で語る。言いたいことのみを口にして、手前勝手の満足でもって終了させる。

 いわば言葉のキャッチボールなどには目もくれない。「解釈など貴様らの自由だ」と言うのは虚勢でもなく本音のようだ。同時に理解を促さないので、それだけはありがたいのであるが。
 けれどあまりに釈然としないのであれば、聞き返す。嫌だと言ったその一言に異をとなえられるのは、気に食わなかった。
「なんだよ」
「お前は逃げないじゃないか」

 ぐらり、視界がぶれた。
 逃げられないわけでもあるまいしと、静かに笑う声が胸をざわつかせる。これが世界とするならば、などという仮定など要らない。これは俺の世界だ。気の違った創造主の檻の中、たいした身動きも出来ずに不平不満を漏らしながら、それでも神を殺さず檻も壊さずにここに居るのは、例えでもなんでもない。ただの事実を彼が縁取っただけだ。
 彼がトチ狂ってファルコを愛しく感じた際には、檻が狭まり、すなわち世界が狭まり、距離が縮まる。それはまさに今。

「誰の所為だ」
「責任転嫁はよせ、みっともない」

 気がついたときには、時折覗くレオンの舌に釘付けになっていた。
 赤く揺らめき、おいでと誘う。気味が悪いほど鮮やかな餌。おびき寄せられた先の喉奥には、毒牙があるというのに。



 END.




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