Main D 悪い、などという謝罪を模した言葉がどちらから発せられることはない。事態は愚か、この曇った空気すら揺るぎそうに無い。気まずさを感じるハメになった元凶は、彼に背を向けて横になることしか出来なかった。寝付いて意識さえぶっ飛ばせば、彼がこの場に居ようと居まいと関係ないと考えたのだ。出来れば不利な状況の際にすぐ狡くなるこの俺に呆れて彼が退室してくれることを願うが、彼がそのようなことを出来ない人種であることもまた、俺自身が一番良く分かっていた。 実に二時間半もの間、彼はじっとそこに座っていた。そんな状況で、寝付ける筈もなかった。時折身動ぎするんだろう、衣擦れの音やなんかがやけに響く中、何も言わず大きな動きを見せることなく、じっと。 呼吸は出来ているか。 からだはその呼吸に合わせて上下できているか、微かな呼吸音は聞こえてくるか、まだきちんと暖かいのか。そう確認しているのかもしれなかったが、どうでもよかった。 結局この男は事態がどう転換したって、己の我を通し尽くしてくる。可愛げな面をして随分と厚かましい男だと思う。その上でやはり気まずかったり申し訳なかったりと考えているのだろうから、律儀かつ難儀な男だとも。 「ごめん」 彼は突然、口腔内に押し留めるように、そう零した。 「ごめん」 もう一度。 「…ごめん」 「うるせえよ」 それ以外の言葉が見つからないことは、想像するに容易かった。単なる卑屈を押し付けられて、その卑屈な本心を引き出したのは自分自身。互いに目も当てられないこの状況下で、何か気の効いた言葉を投げかけようと模索する方が間違っている。 埒を明けようなどとは思ってくれなくていい。謝って欲しいなど、それこそ毛ほども考えていない。けれどどうせひとりで悶々と考え込んでいるに違いない。こんな小さなことで神経を擦り減らしてどうする気なのだろうか、それが性分だと言い切ってしまえば、それまでなのだが。 面倒臭い。からだだってだるい。 けれど、再び逆を向いて、顔を見せてやった。この無言の二時間半に、既に絆されてしまいそうな自分は彼に甘いとさえ思う。 そこには怒られてしゅん、と落ち込んだ子どものような顔をしたアホ面があったものだから、呆れついでに笑ってやった。 「怒ってねえよバーカ」 「だっ、」 いかん、堰を切ってしまった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |