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 困ったように笑う顔を、見たくない。その一心で思わず席を立ち、気付けば彼の頭ごと抱き込んでいた。表情は分からなかったが抵抗もなかった。たとえ抵抗されたとしても、自己満足を許してほしかった。

 泣くな。けれど無理してまで笑うな。思ったままを口に出して、言いたくないなら黙りこんだって構わない。もしも叫びたいなら喉が嗄れるまで叫んでいい、自棄酒だって付き合ってやれる。暴れたいならその後のケアくらいちゃんとやってあげるから、だから。


「無理するな、頼むから」


 突然の事に行き場の無かった手のひらは、やがてフォックスの背に回された。愛しさに思わず両腕に力が篭る。
 彼のことは、プライドの高さも含めて大好きだった。人を小ばかにしたような物言いも、調子に乗って結果的にヘマをやらかしても全て許せた。それが彼を覆う殻かもしれなかったが、殻ごと愛せば問題はないと意味の分からない理論でもって、敢えて気にしないように気遣っていた。本質がそのままであることなど、あるわけがないのに。

 親に邪険に扱われただろうか、それとも「そんな危ない仕事は辞めて」とでもお願いされたのだろうか。はたまた予想の行き届かないところに理由があるのか。彼のたった一言にここまで揺さぶられているのは異常かもしれない。感情論でもってこのようなことするだなんてそこらの女じゃあるまいし。けれどどうにも止まれなかったのだ。
 ああ、こんな彼を一番初めに見てしまったのが自分で良かったと、フォックスは内心、胸を撫で下ろした。勝手に親に会って、勝手に気落ちして帰ってくるのも自由だが、もしも彼の中に渦巻いている葛藤を、自分以外の誰かに吐露したりなどしてみろ。
 それはそれで許さなかっただろう。



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あきゅろす。
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