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心の国の王子


消灯時刻の30分前、未鷺はペアの羽藤みちると落ち合わせた。
補助の中では小柄な方のみちるとあえて組んだのは彼を守るためだ。

各部屋を尋ね点呼していく作業はなかなか骨の折れるものだったが、未鷺とみちるに割り当てられた部屋の生徒のほとんどが決まりを守っていたので20分程で全てまわり終えた。

「菖蒲さん。話があるんだけど」

みちるが真剣な目で未鷺を見つめた。

「消灯時刻前に終わるか」
「たぶん。菖蒲さん次第かも」

みちるの含みがある言い方が気になったが、未鷺は首を縦に振った。
さらにみちるの希望で人気のない非常階段の踊り場に出た。

「何だ」
「……これ」

みちるはポケットから携帯を取り出し、画面を見せた。
未鷺は僅かに眉を寄せ、みちるを睨む。
映っていたのは金井に暴行されかけたときの、未鷺の白い半裸姿だった。

「お前はあの時の……」
「そう、僕だよ」

金井を手伝って未鷺を騙し、写真を撮って逃げた生徒だ。

「何が目的だ」

無表情に戻った未鷺がみちるに静かに尋ねた。
みちるは緊張しているようで、少し震えている。

「金井先生を返して!この学校に戻してよ!」
「金井を辞めさせたのは俺ではない」
「嘘だ!あの後一度も会ってない。他の先生に聞いても辞めたってだけで何も教えてくれない。菖蒲が辞めさせたんでしょ!」

ヒステリックに叫ぶみちるを見て、未鷺は不快になった。
金井がなぜいなくなったか知らないが、むしろ足りないくらいの報いだと考えている。

「辞めさせられて当然のことをした。金井も、お前もだ」
「そんなのどうでもいいもん!金井先生を復職させるって約束しないならこの画像あちこちに流してやる!」
「それをすればお前も退学だ」
「金井先生が帰って来ないならどうなったっていい」

未鷺は驚いてみちるを見つめた。
金井のどこに普通の生徒にそこまでさせる魅力があったのか未鷺にはわからなかった。
金井は顔が良いと言われているが彼より上はこの学園に何人もいるように思う。
性格も未鷺からしたら最悪だ。

「金井のどこがいいんだ」

未鷺が訝しげに呟いたのを、みちるは涙目で睨み上げる。

「金井先生は僕の王子様なんだよ!」
「王子……?どこの国の」
「はぁ?!えっと、僕の心の中の国のだよ」
「……そうか」

未鷺は人の好みは千差万別というのを実感し、神妙な顔で頷く。

「もう!話そらさないでよ!条件飲むの?飲まないの?」
「俺には金井を呼び戻す気はない。二度と顔を見たくない。その写真も見たくなかった」

未鷺が言うと、みちるははっとした顔をした。

「金井先生に最後までヤられたの……?」
「そうなるところだった」

みちるは動揺した様子で俯いた。

「お前は金井に協力しておきながら何が起こるか考えなかったのか」
「ちょっと手伝ってほしいって頼まれただけで……」
「お前の心の中の王子はお前を犯罪に巻き込んだ」

未鷺が言うと、みちるは黙って唇を噛んだ。
しばらく沈黙が続く。

「もっとお前を大切にする者に王子になってもらえ」

少しだけ未鷺の口調から刺々しさがなくなったことに気付いたのか、みちるは顔を上げた。
いつも能面のような未鷺の顔は変わらないが、目は心なしか優しい。

「画像……消すよ」
「そうか」

みちるは鼻をすすって携帯をポケットに閉まった。

「あの……」
「何だ」
「ごめんなさい……!」

頭を下げるとみちるは全速力で階段を駆け登った。
未鷺はそれを目で追った後、ドアノブを捻って廊下に戻った。





みちるは止まらない涙を両手で拭いながら廊下を歩いていた。

未鷺と話しているうちに、彼の写真を撮ったときの罪悪感が蘇ってきたのだ。
拘束されて金井にされるがままになり苦しげな顔をしていた未鷺を見ないフリしていた。
それを脅しに使おうとした自分に失望した。

それなのに金井への未練も捨て切れない。

「羽藤か……?」

覚えのある声がして顔を向けると大柄で強面の男がいた。

「鬼原……」

金井を好きになる前、みちるは元秋に抱かれたことがあった。
男らしい体格が好みだった。

「何でそんな泣いてんだよ」
「何でも、ないよ」

しゃくりあげながらみちるは答えた。

「何でもなくはねえだろ」

と苦笑する元秋が、見た目に似合わず優しいところがあることをみちるは知っている。

この人だったら大切にしてくれるかな、と未鷺の言葉を思い出して考えた。

「ちょっとだけ、傍にいて」

泣きながら言うみちるに、渋々といった様子で元秋は頷いた。

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