兄弟
未鷺は沈んだ表情で208号室のチャイムを鳴らした。
すぐに見覚えのある日鷹の個人秘書が顔を出す。
「未鷺様、会長がお待ちです」
未鷺は返事もせず促されるまま部屋に入った。
「ミサ、久しぶりだね」
日だまりのような笑顔で日鷹は両腕を広げて近付いてきた。
未鷺は足を止めて兄を見据える。
「なぜ連絡をくれなかったんですか」
「直前まで来られるかわかんなかったんだよ。俺が無理だったら代理を行かせる予定だったんだ」
「忙しいなら無理なさらなくても良かった」
「久々にミサの顔も見たかったし、靖幸君に呼ばれたら来ない訳にはいかないだろ?」
日鷹は目を細めて未鷺の頭を撫でた。
「また痩せたんじゃないの。ご飯はきちんと食べてる?」
「……はい」
日鷹の手を避けるように頭を動かして未鷺は頷いた。
「たまに電話しても話中だったし、繋がっても出てくれないんだから。お兄ちゃん泣いちゃうぞ」
「まさか」
未鷺の素っ気ない返事に、日鷹は眉を八の字に曲げて苦笑した。
「誰と電話してたの?ミサってあんまり電話好きじゃないのに」
「友人とです」
「本当かな?恋人ではないの。彼女とか……彼氏でも」
卒業生である日鷹は当然学園の特色を理解している。
日鷹の目に心を見透かされているような気分になって、未鷺は視線を反らして頭を振った。
「友人です。恋人なんていらない」
「そう?ミサだったらモテるんだろうな。俺の可愛い弟だもん」
「いえ」
白々しい、と未鷺は思った。
今の兄に可愛がられているとは到底思えなかった。
「そうだ。靖幸君とはどうなの。仲良くしてる?」
「いいえ」
靖幸の名前が出ると未鷺は不快そうに顔を歪めた。
「ミサ、親しくなるように頼んだでしょ。靖幸君ちとはこれから深く関わってかなきゃいけないんだから」
「それが言いたかったから呼んだんですね」
未鷺は淡々というと日鷹に背を向けた。
「さようなら」
「夏休みは帰ってくるんだよ」
「わかっています」
振り向かずに答えて未鷺は部屋を出て行った。
『ミサはお兄ちゃんが守るからね』
昔日鷹が言っていたことが幻のように思えた。
弟が出て行ったドアを見つめて日鷹はため息を吐いた。
「前はもっと素直で可愛かったのにな。反抗期かな」
「会長、お時間です」
「うん」
立ち上がった日鷹は心の中で付け足す。
今も今で可愛いけどね、と。
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