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昔の生徒会長


鳴鈴学園の宿泊学習は決して人気のある行事ではなかった。
勉強の習慣をつけることを目的に、文字通り学習ばかりするのだ。

一日目はホテルに到着するとすぐ、ホールに集まって卒業生の講演を聞くことになっている。
元秋は面倒に思いながらホールへ移動した。

「本日は特別ゲストとして、43代卒業生の菖蒲日鷹(あやめひだか)様をお呼びしています」

アナウンスが流れると、生徒たちはざわめき一部は歓声を上げた。
元秋は『菖蒲』という名字に反応して舞台上を凝視した。

拍手に包まれながら袖から姿を表したのは、背が高く、優しげで知的な顔をした二十代半ばの美男だった。
始めに彼は会場全体を見回して微笑した。

「数年前にここの生徒会長をしていた菖蒲日鷹です。現生徒会長の竜ヶ崎君直々にお呼びいただきまして、皆さんの前でお話し出来ることが、たいへん光栄です」

日鷹は色白ではないし、瞳も日本人によくある色だが、目の形は未鷺に良く似ていた。
彼は男らしい骨格をしているので、目以外は未鷺に似ていないように元秋には見えた。

「今回は宿泊学習ということで勉強をテーマにした話を頼まれました。なので、こんなことを言ってはいけないのかもしれませんが、僕は今の皆さんには遊びも重要だと思います」

いたずらっ子のように笑って日鷹は続ける。

「皆さんの中の多くがいずれ部下を持つ上司や経営者になるでしょう。そうしたら、思うように振る舞えなくなって、失うものもあるんです。実際、僕がある会社の会長になってから弟があまり電話に出てくれなくなりました」

大袈裟に残念そうな顔を作る日鷹に、くすくすと笑いが起きた。
元秋は日鷹が『弟』と口にしたことでやっと確証が持てた。

菖蒲日鷹は未鷺の兄だ。

日鷹は冗談も挟みつつわかりやすく勉強と休息の重要さを説いた。

「さて、そろそろ時間なので、ここで終わりにします。有意義な宿泊学習にして下さい。それと」

日鷹は暖かい視線を生徒たちの中のある一点に向けた。

「ミサはこれが終わったら208号室に来てね」

とびっきりの笑顔を見せて、彼は舞台袖に下がった。

生徒は次の予定までホテルの部屋で待機になる。
元秋はぞろぞろとホールを出る生徒たちの中から未鷺の姿を探した。
一瞬見えた横顔は酷く沈んでいるように見えた。

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あきゅろす。
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