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前日2



午後11時過ぎまで風紀委員室にいた未鷺は、寮に戻る途中で飲み物を買いに購買へ寄った。

一般的なコンビニの半分程の広さのそこには未鷺の他にもう一人だけ客がいた。
金と黒の髪をした後ろ姿がちょうど会計を済ませるところだ。

「23円のお釣りです。ありがとうございました」
「はーい、ありがと」

買ったものを受け取った彼は、振り返ると未鷺に気がついた。

「ミサちゃん」
「静谷先輩」

ちょうど同時に名前を呼び合った。
アスカはくすりと笑って未鷺に近寄る。

「買い物?」
「はい」

未鷺は答えながらアスカの頬に緑色の絵の具がついていることに気付いた。
彼が手に持っていたのは黄色の油性絵の具で、その長い指には緑の絵の具が付着していた。

「静谷先輩も買い物ですか」
「うん。絵の具が切れちゃってさ。ミサちゃんと話したいんだけど、待ってていい?」
「はい」

未鷺は手近に合ったペットボトルのミネラルウォーターを手にとるとレジで会計を済ませた。

「どこがいっかな。一年生の教室、今空かな」

スキップしそうな足どりで購買を出たアスカは入って来た生徒にぶつかりそうになる。

「おっ、ごめん」

アスカはちらっと舌を出して未鷺に笑いかけた。
未鷺は瞬きした後つられるように笑みを浮かべた。





教室は月明かりだけが入り込んで薄暗い。
未鷺からアスカの顔についた絵の具が見えなくなった。

「あのさー」

未鷺を先導して無人の教室に入ったアスカは、振り向くなり頭を下げた。

「ごめんなさい」

アスカの月光が当たる左側の髪がきらきらと光った。
未鷺はそれを見つめて首を傾げる。
アスカに謝られるおぼえはなかった。

「どうして……」
「俺のせいで変な噂たっちゃったでしょー?嫌な思い、させたくないのに」
「静谷先輩のせいではありません」

アスカの部屋に入るところを見られたのが迂闊だったのだと未鷺は思う。
アスカは顔をあげて頭を横に振った。

「俺のもともとのイメージがあったからミサちゃんとの噂が変に広まっちゃったんだよ」

未鷺も一般生徒のアスカに関する噂を聞いたことはあった。
そのどれもがアスカは見た目が良い生徒とだったら誰とでも寝る、などというものだった。
アスカ自らその噂を肯定するような発言をすることもあった。

「俺は俺の噂の全部を否定することは出来ないししないけど、今回のことでミサちゃんに何かあったらって思うと――」
「静谷先輩」

未鷺はアスカの垂れ目を見つめた。

「俺は噂は気にしません。先輩と話せて良かったと思います」

真摯な顔で言われてアスカは驚いた後、ふにゃりと頬を緩めた。

「嬉しいな」

未鷺はアスカがの自然な笑顔が好きだった。
ついつられてしまう。

「明日から宿泊学習かー。ミサちゃんもいなくなっちゃうね」
「二泊三日だけです」
「ミサちゃんに会えるかなって期待しながら生徒会室に行ってる俺には長い三日間ですよ」

唇を尖らせてアスカは言った。
未鷺目が慣れてきて、アスカの頬についた絵の具が気になってくる。

「静谷先輩、顔に絵の具がついています」
「え、どこ?」

未鷺が自分の頬を指差して言うと、アスカは頬をごしごしと擦った。

「反対です」
「どこどこー?」
「もう少し右です」
「えー?」
「ここです」

未鷺は人差し指の腹でアスカの頬に触れた。
アスカはその未鷺の手を自分の両手で包む。

「ちょっとだけ補充させて」
「補充?」
「三日間離れる分の補充」

目を閉じてアスカが呟く。
十秒程で未鷺の手は放された。

「これ油性絵の具だからちゃんと洗わなきゃとれないな」

アスカが頬を押さえながら言ったので、未鷺はアスカが絵の具がついているのを知っていたのかと思った。

「そうだ。ミサちゃん携帯教えて」
「はい」

未鷺の携帯の登録数の少ないアドレス帳にアスカの名前が増えた。

「じゃあ、いってらっしゃい」
「……いってきます」

二人で寮を歩くところを見られたくないので、未鷺が先に帰ることにした。

明日からも忙しくなるだろうから早く寝なければ、と未鷺は思った。

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あきゅろす。
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