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遭遇


未鷺に指定された12時過ぎ、元秋は言われた通りに郵便受けを覗いた。
大きめの茶封筒があるのを見つけ、中身を確認すると、ルーズリーフが数枚入っていた。
綺麗な字で書かれているのは英語と古典の問題と回答欄。

『解いたら俺の部屋の郵便受けに入れろ』

とのメモ付き。
元秋の口角が無意識に上がっていく。
部屋に誘ったのを断られたのは残念だったが、こうした気遣いが嬉しい。

これはやるしかない、と元秋は勉強を始めた。
野原がいないようだったが、あまり気に留めなかった。
それから数十分後、携帯の着信音が鳴った。
表示された名は『菖蒲未鷺』――
元秋は飛びつくように通話ボタンを押した。






元秋の部屋に手書きしたテストの予想問題を届けてから、未鷺は見回りを開始した。
特に問題もなく、終わりにしようと考えていると、廊下で体育座りし、俯いている人影を発見した。
そのもさもさした黒髪に未鷺は見覚えがあった。

声をかけることに未鷺の中でわずかな葛藤があったが、仕事が最優先だ。

「何をしている。山口、二度目だ」

野原が12時以降の出歩きを注意されるのは初対面の時と合わせて二回目である。

「未鷺……?」

顔を上げた野原の頬に泣いた跡が色濃く残っていて、未鷺は何事かと思う。
親衛隊絡みのいじめや、性暴力にあった可能性を考え、未鷺は腰を落とすと慎重に尋ねる。

「何かあったのか」
「……やっぱり、未鷺は優しいな」

野原は眼鏡を取って目を拭った。

「何かされたか」
「ううん!なんでもないよ。未鷺に会えて嬉しい」

何も理由がないのであれば12時過ぎの出歩きは立派な風紀違反だ。
未鷺がそのことを口にしようとしたとき、野原が未鷺の頬に手を伸ばしてきた。

「何だ」
「未鷺って肌綺麗だなー!」

野原の手が触れる前に未鷺は顔を反らして避けた。
むやみに触られるのは好きではない。
野原の顔が曇った。

「何で避けるんだよ」

泣きそうに歪む野原の顔を、未鷺は無表情で見つめた。

「元秋やアスカには触らせるのに、何で俺は避けるんだよ!」

野原が悲しんでいるのか怒っているのか、その両方なのか、未鷺にはわからなかったし、彼の問いに答えることも出来なかった。
アスカには兄へ対するような親愛があるのはわかる。
元秋にはどうなのか。

「俺も未鷺に近付きたい!」

泣きながら飛びついてくる野原を振り払うことは出来なかった。
しゃがんだ体勢では野原の体重を支え切れず、未鷺は後ろに手をついた。
野原はすがるように未鷺の胸に顔を押し付け腕を背中に回している。

「山口」

呆気にとられたのと、声をかけ難いのとで少しの間そのままの姿勢でいたが、腕が辛くなってきて、未鷺は声をかける。
しかし野原の反応はない。

「山口」

今度は少し大きめに呼ぶが返事はない。
耳を澄ますと小さく寝息が聞こえる。
野原は眠っているようだ。

揺すぶれば起きるかもしれないがまた騒がれるのは嫌だ。
腕は野原に拘束された形になっていて、使うことが出来ない。
困った末、未鷺はポケットからどうにか携帯を取り出し元秋へ電話をかけた。
元秋が出たのがわかると出来るだけ携帯を口に近付け居場所を言う。
「早く山口を回収しろ」




元秋は現場に到着するとしばらく固まった。
野原が未鷺を押し倒しているようにしか見えないのだ。

「来たか。山口を部屋に運んで行け」
「どうしてそうなった……」
「成り行きだ」

未鷺にしがみつく野原を起こさないように引きはがすのは面倒な作業だった。
取り外しに成功した野原を背負うと元秋は未鷺を見つめた。

「問題助かる。ありがとな」
「解いたら渡せ」
「ああ、なるべく早くやるよ」
「あれは一日分だ。明日には終わるだろう」
「……努力する」

野原をおんぶしながらも、部屋に戻る元秋の心は弾んでいた。

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